02


「おほー!留兄ちゃん」
「馬鹿、食満さんか食満先輩と呼べ」

果たして、入隊して来た八左衛門は『あの』八左ヱ門だった。伊作も入隊時の検査に立ち会ったが、学園での記憶は無いようだった。
だが、伊作の記憶にあるのと変わらぬ明るいそぶりで、留三郎にぐいぐいと頭を小突かれていた。

「おー、伊作、こいつが前話してた竹谷八左ヱ門だ。竹谷、こいつは我が隊の軍医殿の善法寺伊作先生だ。こんな顔をしているが、怒らせると怖いぞ」
「よ、よろしくお願いします!善法寺先生」
「いつも怒らせてるのは誰だよ。…軍医の善法寺だ。宜しくね、竹谷」
「はい!」

兄弟のように仲の良い二人を見ると、確かに伊作の知らない人生を留三郎が歩いて来たのだと実感させられる。

「しかし、お前まで徴兵されるとはな…」
「元々、オレ、志願しようと思っていましたし」

わしわしと、犬の様に八左ヱ門の頭を撫でていた留三郎の手が止まる。
そして昔、よくしていたような鋭い眼差しが八左ヱ門に向けられた。

「お前どうして…」
「オレ、末っ子だし、オレが征けば兄ちゃん達の誰かは征かなくて済むし、それに口が減れば、それだけ家族に食物がいく」
「そうか…まあ、お前は隊長が俺の下に着けて下さった。気を緩めろとは言わないが当分は安心しな」
「ありがとうございます!」


それから十数日は穏やかに過ぎ去った。
竹谷は仔犬の様に留三郎に懐いていた。時折寂しそうな様子を見せることもあったが、それは親元を離された寂しさだろうか。それでも留三郎と文次郎の訓練と称した喧嘩を止めに入るだけの元気はあった。(もちろん巻き添えを喰らっていたが)

そんな中、ふとした瞬間に伊作は視線を感じることがあった。
鋭い意識の中に絡まった熱い視線―留三郎だ。その視線を感じると何故だか頬が熱くなり、伊作は目を伏せてしまうのだった。





―その報せは来るべくして、そして突然やってきた。


「…上陸作戦、ですか」

深夜、隊の主だった者を集められて行われた会議で告げられた内容は、半ば伊作の予想していたものと同じだった。

「ああ…この島を飛行地点として敵国が狙っているとの情報が入った」
「こんなちっぽけな島を…」
「だが、此処を飛行地点として利用されたら、本土への上陸は圧倒的に敵国の有利となるだろう」

部屋の中に重い沈黙が降りる。
再び口を開いたのは、隊長である土井だった。

「しかし希望はある。この島に増援部隊が来る。航空部隊もだ」

聞けば、この島に一個師団の応援が来るという。このちっぽけな島が、戦略的に重要な島になってしまったのだ。

「何れにせよ、我々にできるのはこの島を死守することのみ…ということですね」
「ああ…」

珍しく留三郎と文次郎が互いに頷き合う。
その眼には硬い決意が宿っていた。





翌日から、事務兵も総動員して塹壕掘りが行われた。当然伊作も参加したが、彼が塹壕を掘ると何故か頭上から土が降り注ぐの繰り返しで、今は留三郎の手を借りて、半ば追い出される様に医療用の野営テントの中に戻されていた。

「ったく、お前ってつくづく不運なのな」
「だって、僕だって好きで土を被っている訳じゃないんだよ」
「相変わらずの様だな、伊作」
「え?」

突然の介入者に、伊作は驚きの声を上げる。
そこに立っていたのは伊作の思いもよらない人物だった。

「仙蔵!君なんでここに居るの」

立っていたのは、伊作の幼なじみであり転生前の記憶を共有する人物―立花仙蔵だった。
この薄汚れたテントには全く似合わない雰囲気を纏った男だ。汚れていない白手袋、飛行機乗りでもないのに肩にかかる長い髪、女の様な面差しに鋭い印象を与える瞳、そして陸軍の軍服に付けられた徽章が階位をしめしている。
中尉の階級章を見て、留三郎が瞬時に敬礼をした。

「あ、そうか。僕も敬礼…」
「いい、今更お前に敬礼などされたくないわ。食満だったか…お前の話も伊作から聴いている。敬礼を下げろ」
「しかし…」
「私がいいと言っているのだ。それと敬語もやめろ。面倒だ」

仙蔵が敬礼を手で制すと、ようやく留三郎が手を下ろした。

「でも仙蔵、恩賜の短剣まで戴いた君が何故ここに居るのさ」
「…本営にも色々あるということだ。個人的にも二、三用事があってな。まあ、ここでは手狭だ。お前たち外へ出ろ」

我が物顔で指示を出す仙蔵に従って外へ出ると、ここでも懐かしい顔が伊作を待っていた。

「長次、小平太!」
「お前らまで…」
「おー、いさっくん、留三郎久しぶり!」
「…合同演習ぶりだ」

長次と小平太は陸軍航空隊として、合同演習の際、留三郎と親交をもっていた。そして伊作とは前世の記憶を共有する仲間でもある。

「君らもここに?」
「うん、迎撃要員として配属された。でも私たちだけじゃないぞ。おい、出て来いよ」

そう促されて、長次の陰から小柄な人物が姿を現す。

「久々知!」
「…あれ、お前お屋敷の」
「お久しぶりです。善法寺先輩、食満先輩」

深々と頭を下げたのは、かつての後輩である久々知兵助だった。

「何だ、伊作も知り合いか」
「うん、ちょっとした縁があって…留三郎こそ」
「昔住んでたところにあった、大きいお屋敷のお坊ちゃんだよ」
「私が連れて来たのだ。伊作、コイツは持っているぞ」

そういって仙蔵は兵助の肩を抱く。
―持っている。それは即ち学園での記憶をだ。

「健気にも志願していてな…私付きとして連れてきてやった」

からかう仙蔵の口調を鬱陶しそうに、肩にかけられた手を兵助が外す。

「食満、お前預かりの仔犬が居るだろう」
「犬なんて俺は預かってないぞ」
「いいや、いきのいい犬が一匹入ったはずだ」
「犬…八左ヱ門のことか!そういや、久々知、お前ら仲が良かったっけ。呼んでやろうか」
「―やめてください!」

思わぬ強い口調の兵助を仙蔵が面白そうに見ている。

「だいたい、おれはアイツに逢いたくて志願した訳じゃありませんから」
「そうか、ではいつ逢っても構わないということだな」
「だから…!」
「食満せんぱーい、いつ戻られるかって隊長が……兵助!?」

視線の先にはスコップを担いだ八左ヱ門が居た。恐らく食満を呼び戻しに来たのだろう。
驚きの表情を顔いっぱいに貼り付けて、兵助へと声をかける。

「お前が…何でこんな処に」
「―っ!」

八左ヱ門の顔を認めるなり、兵助は踵を返してどこかへ走って行ってしまった。

「兵助!」

慌てて追いかけようとする八左ヱ門だが、それを留三郎に止められた。

「待て八左ヱ門。今は任務中だろう」
「でも…」
「でも、じゃない。同じ陣営に居れば、また会うこともあるだろう」
「はい、先輩…」

それを見た仙蔵がおかしそうに肩をふるわせる。

「ふははは、本当に犬だな」
「もう、仙蔵!」
「面白いものを見せてもらったな。さて、私もそろそろ行くか。文次郎の顔でも見てやろう。竹谷、」
「は、はい」
「久々知は指揮部のテントに居る。機会があったらまた私に面白いものを見せてくれ。それではな」

そう言って仙蔵は去って行った。
後に残された八左ヱ門は、まるで捨てられた仔犬のようにしょぼくれていた。
その頭を留三郎がぽんぽんと優しく叩く。

「ま、俺達にできるのは俺達にできることをやるだけだ」
「食満先輩…」

留三郎は八左ヱ門を連れて元の作業場へと戻って行った。

「じゃあ、いさっくん。私たちも一回、隊に戻るから」
「また…」
「うん…」

あの頃、共に机を並べていた仲間が揃った。
何かが動く。
それを感じて、伊作は手を強く握りしめた。

(三)に続く

【2012.2.2 mixiに掲載】
【2012.2.15 転載】




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