01


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・軍パロ、転生パロ、流血表現あり。
・戦争表現がありますが、全ての戦争とは無関係であり
 また、戦争を賛美するものではありません。
・管理人の友人が夢に見た内容から作成。









―ほとり、ほとりと落ちて肩に積もった薄紅。それが吉野か八重だったかは、もう遠い記憶の彼方のことだ。

けれど、留三郎。

「おい、お前!大丈夫か」

お前と出逢うのは、いつでも桜の木の下でだったね。


   
また、繰り返しの春



しまった。と、伊作は思う。
とある島の山を深く入った場所だった。あまりに気候の良いのと、所属する部隊への支給品の粗悪さに薬草獲りに入ったのが間違いだった。

(あの夢のせいだ…)

桜の木の根に躓いて痛めた足首と頭痛とがシンクロする。

それは近頃になってよく見る夢だった。
古い広大な屋敷。松葉色の装束。その夢の中で出逢う者の中には、自分がよく見知った顔の者も居る。
だだ、その夢はいつも喪失感を持って同じ場面で途切れるのだった。

『―めさぶろう…好きだよ』

夢の中、伊作が発した言葉に返事はない。
ほとり、ほとり、降り積もる雪に言葉がのまれていく。

あれは、誰だろう。誰の背中だろう。
そうだ、あんなに一緒に居たのに…。

ほとり、ほとり。
そうだ、丁度のこの桜のように雪が降り積もっていた。

『いつだってお前は先にいってしまうんだね』

―そうだ、あれは。


「おい!あんた、大丈夫か」
「え…?と、めさぶろ」

蹲る伊作の前に現れたのは国防色の軍服を纏った、釣り眼の青年だった。
そう、夢の中と全く同じ顔をした。

ほとり、ほとり。
桜の花弁が伊作の肩に降り積もる度に『あの頃』の記憶が甦っていく。

(何で忘れてたんだろ…)

「おい、大丈夫か」
「う、うん留三郎」
「俺、あんたに名乗ったけか」

 
呆然とする伊作に、春を踏み分けて現れた青年は眉をひそめた。あの頃、伊作が不運に見舞われる度に見慣れた表情だった。

「まあいい、自分は食満留三郎。今日からこの部隊に配属になった。初めまして」

そう言って、青年は伊作に向かって手を差し伸べた。

(…初めまして、か)

つきりと伊作の胸が痛む。
学園で六年を共に過ごした年月も、あの頃抱いていた恋情も、食満留三郎としての二度目を生きるこの男は忘れてしまったのだろうか。

それでも伊作は留三郎の手を取った。
暗色の軍服の肩から、ほろほろ落ちる桜に留三郎は鋭い目を細めた。
 
「“初めまして”自分は、善法寺伊作。この隊で軍医をしている。宜しく」
 
―これが伊作と留三郎の二度目の邂逅だった。





「伊作!ちょっと看てくれないか」
「また来たの、留さん。訓練もいいけど大概にしてくれないかなぁ」

桜の出逢いから、夏を過ぎ、秋を抜け、冬を越し、再び春が巡ろうとしている
頃だった。
軍医として、軍人として同じ陸軍部隊に配属された伊作と留三郎は、演習や後方部隊に駆り出されることはあれど、それでも穏やかな日々を過ごしていた。

「ったく、潮江の野郎がよ」
「また?徒手空拳でよくここまで怪我できるよね。」

潮江文次郎は偶然にも伊作と留三郎と同じ隊へ配属されていた。彼もまた、前の記憶を持ってはいなかったが、嘗て犬猿と云われた様に、ここでも訓練と称しては留三郎と勝負するのが常だった。隊の若手の中では目立って頭角を現している二人である。
そんな二人を、伊作は以前と変わらず、ややれという心持で見守っていた。

「仕方ないな、手、診せて」

文句を言いながら伊作は留三郎の手を取った。指が長く筋張った手をしている。
伊作より大き目のその手は、今まで何度となく穴に落ちた伊作を引き上げ、繋いだそれを引いてくれた手だった。

幾つもの傷跡が残るその手は、昔から伊作が愛したものだった。

留三郎と出逢って一年が巡ろうとしているが、彼は転生前の記憶を持ち合わせている様子を見せなかった。
留三郎、文次郎以外の仲間には、幾人か学園時代の記憶を持ち合わせている者も居る。それでも留三郎に過去の話を切り出せないのは、口にすれば、この仮初めの穏やかな日々が崩れてしまう気がしたからだ。
そう、学園から留三郎が姿を消した、あの冬の日の様に。

「伊作、どうかしたか」
「あ、ううん、気を付けてよね。最近では支給の薬もままならないんだから」
「お前の幼なじみだっていう、陸士出の奴も多少は融通してくれてるんだろう?それに
薬草獲りなら、付き合うぜ」
「うん…でも仙蔵に頼り切りなのも心苦しいし、薬草にも限りがある。今、この国自体に薬が不足しているんだ。…このままの状況が続けば、この戦争も長くはない」
「しっ!滅多な事を言うなよ!誰が聞いているか分からない」
「…ごめん。でも、」
「それに、薬は兎も角、傷に関しちゃあ俺はそんなに心配してねぇよ」

そうして、留三郎は悪戯っぽく笑って重ねられた手を己の口元に寄せた。

「何ったって、我らが伊作先生がついているからな」
『何ったって、我らが保健委員長がついているからな』

その姿と過去の姿とが重なって、伊作は頬紅を刷いたかのように顔を赤らめる。

「もうっ、僕にだって治せるものと治せないものがあるんだからね」
「分かった分かった」

悔し紛れに消毒薬を沁み込ませてやると
「邪魔するぞ」と入り口から尋ねがあった。

「どうぞ、土井隊長」
「ああ、何だ食満もここに居たのか」

姿を見せたのは、伊作と留三郎の部隊の隊長、土井半助である。彼もまた、留三郎、文次郎と同じ様に転生前の記憶は無いまでも、変わらぬ姿で隊の指揮を取っていた。

「隊長、お邪魔でしたら失礼しますが」
「いいや、いずれ食満にも関わることだからな。そのまま居てくれ。…実は新に数名、入隊者が出てな。今日はその資料を持って来た」

今の時期の入隊者―それは即ち徴兵された者ということだ。資料の年齢を見てみると、誰も彼も皆、幼いと言っていい程、年若い者たちばかりだ。

「土井隊長…これ」
「ああ…やるせないな。私の同僚の息子さんも、海士に居たんだが、先日出征したそうだ」
「そうですか…あれ、コイツ」

手元の資料に留三郎が声を漏らす。

「どうした、食満」
「同姓同名じゃなきゃ、コイツ、自分の幼なじみですよ。竹谷八左ヱ門」

それは伊作にも馴染みのある名前だった。学園の生物委員会で明るい笑い声を上げていた後輩だ。

「そうか…若い奴らの何名かを、お前と潮江に任せようと思っている。
面倒を見てやってくれよ」
「…はい!」

この時期になっての隊の増員に伊作の胸がざわめく。また『学園の生徒たち』が次々と目の前に現れるのも気になった。

(何も無ければいいけれど…)

だが、伊作の胸をよぎった予感は、過去、忍者として戦場に立った時と同じものだった。


(二)に続く

【2012.2.2 mixiに掲載】
【2012.2.15 転載】




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