長にて候!


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・現パロで伊作が先天的に女の子のお話
・名前はいさこじゃなくて、伊作で統一












「いさちゃん、悪いけどお願いね」
「いいえ、行ってらっしゃい」

手の中に納まった鍵を見て、伊作はひとつため息をついた。
それに付けられた、目つきの悪い木彫りのキーホルダーのアヒルと目が合って少し笑う。

(留三郎そっくり)

その鍵は、幼なじみであり恋人である留三郎の自宅の鍵だった。
留三郎の母親から押し付けられたそれは今日から三日間、両親が旅行に出るというのに留三郎が忘れていったものだった。

近くの女子校に通う伊作が、午前中だけで授業を終わらせて帰ってくると、丁度留三郎の母親と出会い、渡されたというわけだった。

(留三郎怒るかな?)

ほてほてと歩きながら、常日頃、留三郎から言われている言葉を思い出す。

『いいか、いさ!男子校なんてなぁ、けしからん野郎共の巣窟なんだよ!お前は絶対に来るなよ!』

自分も『けしからん野郎』の一人であることを棚に上げて留三郎は、よくそう言う。

メールで「鍵を預かってるよ」と伝えればいいのだろうが、生憎と掃除の時間に水没させてしまった。防水携帯なのに、なんでお亡くなりになってしまったのか世の中は不思議ばかりだ。ちなみに、これで10台め。

伊作の家で待っていてもいいのだろうが、何故だか不運ですれ違って逢えない気がしたので、直接、留三郎の通う男子校まで届けることにした。

それに伊作は見てみたかったのだ。生徒会長を務めているという留三郎の姿を。

(きっとかっこいいんだろうなぁ…)

ぽややぁんと、伊作は想像しながら歩く。
食満会長。食満生徒会長。うん、いいかもしれない。ぽやぽやしながら歩いていたら、石につまづいた。


・・・


教員室に用事があった、生徒会役員の作兵衛は、教員室から出た途端、廊下をごったがえす野郎共に遭遇した。
鈴なりになっている学ランの野郎共。はっきりいって、むさい。
野郎共の視線は、廊下の隅、事務室に向けられていた。普段、そうそう世話にはなることのない部屋だ。

「おい、お前らどうしたんだよ」
「あ、富松」
「富松さん、女子っすよ!女子!」
「はあ?こんなとこに女子が居るわけないだろ」
「それが居るんすよ、事務室に。しかも川女の女子!」

川女というのは、大川女子学園の略だ。ブレザーの制服が可愛くて有名で、通っている女子のレベルもマジ高い。ちょうお近づきになりたい!というのが常々この学校で声を大に囁かれていることである。

「お前ら、ついに幻を見るまで女に飢えて…」
「いや、妄想まっしぐらのお前に言われたくないっつーか。とにかく、見ろよ!ほら!」

前へ前へと押し出される。
作兵衛は校内で、ある意味有名人だったので次第の人が割れて、カーテンの隙間から事務室が見える位置まで押し出された。

確かにカーテンの隙間から、男子校に似つかわしくないピンク色のカーディガンがちらほら見える。事務員が、どいてくれれば顔が見られるのだが―。

(ん?)

目が合った。
バッチリと。
しかも、その顔に見覚えがある。
いつぞやあの人が、しまりの無い顔で見ていた携帯の待ち受けの…。

「あああああああ!」
「うわ、押すな富松!つか、騒ぐな!」
「おわっ!」

鈴なりになっていた生徒たちは、見事に崩れた。しかも、薄く開いていた事務室の方向に雪崩落ちた。


・・・


事務室で呼び出しをかけてもらおうとしていた伊作は、ぱちくりと目をしばたかせた。
扉から大量の男子生徒たちが雪崩れてきたからだ。ちょっとした山になっていた生徒たちは、口ぐちに痛ぇだのふざけんなだの呟いていたが、そのうち最下層から立ち上がる人物が居た。

「あああああ、あんた、番長の!」
「ばんちょう?」

『ばんちょう』という言葉がうまく変換できず、伊作は首をかしげた。番町?
小柄なその男子生徒が「ばんちょう」と口にすると、山になっていた生徒たちも口ぐちに「ばんちょう」「ばんちょう?」と騒ぎ始めた。

「あの…えっと」

事態がいまいち把握できない伊作が、やっと口を開くと、その生徒は言ったのだった。

「おれ、生徒会役員の富松作兵衛です。食満ば…会長のお知り合いの方ですよね。宜しければ生徒会室にご案内します」


・・・


伊作を連れて歩きながら、作兵衛は生きた心地がしなかった。
当の伊作といえば、物珍しそうに男子校の廊下を見たり、作兵衛に向かって頭をい下げる生徒を不思議そうに見ている。

作兵衛はかつて見たことがあるのだ。
留三郎が携帯の待ち受けを、今連れて歩いている女子にしているのを。
そして、心底愛おしそうに見つめていたのを。

きっと特別な関係に決まっている!!

もし、校内で何かに巻き込まれてみろ。
その時はきっと…。

『作!お前がついていながら!』
『お、お許しを!!』
『いいや、許さねえ!今日こそ、この鉄パイプで…』

「鉄パイプか…おれの人生短かったな」
「え?」
「あ、いえ、何でもねぇんですよ…って!」

生徒会室に向けて足を進めていた作兵衛だったが、いつの間にか廊下やら窓に鈴なりになっていた野郎たちが、モーゼのようにパックリと割れて頭を下げていた。

これは、この光景は、見慣れたこの光景は…!!

「ば、番長!!」
「留ちゃん!」

生徒たちが頭を下げる先に居たのは、この学校を仕切る生徒会長―もとい、番長。食満留三郎だった。

しかも、学ランを肩にひっかけて、ご丁寧に鉄パイプまで持っている。

「おお、作か。理科室の横の配管な…って、いさ!お前なんで」
「留ちゃんが家の鍵忘れるから届けに来たんだよ」

伊作がそう言うと、周りの生徒たちが「留ちゃん…」「同棲…?」と騒ぎだした。

「うっせぇぞ!お前ら!」
『すいやせん!番長!!!』

留三郎が一喝すると、一斉に頭を深く下げる。
その光景に目をぱちくりする伊作に、留三郎は肩にかけていた学ランを、伊作の頭からかぶせた。

「わぷっ」
「お前のこと、こいつらには勿体なくて見せられねぇからな」
「留ちゃん…」

伊作の肩を抱くようにして、生徒会室に急ぐ留三郎に作兵衛が続く。
やがてその姿が見えなくなると、廊下に残された生徒たちは声を揃えて言うのだった。

『っかー!!番長かっけー!!』


・・・


「言ったろう、いさ。男子校っつーのは、けしからん野郎どもの巣窟なんだ。女子校育ちのお前が来るようなところじゃないって」
「でも、携帯も水没させちゃったし…留ちゃんが、家に入れなかったら風邪ひいちゃうかもしれないし…」
「くーっ、いさの優しさが心にしみる!」

生徒会室では、役員たちが奇異なものを見るような目で遠巻きに留三郎と伊作を見ていた。
作兵衛がかいがいしくお茶を淹れて二人に差し出す。

「どうぞ、番長」
「さんきゅな、作」
「あ、それ僕聞きたかったんだ!留ちゃん番長って、何!会長じゃないの!?」

それを聞いて、今まですみっこの方で固まっていた役員たちが口ぐちに留三郎を褒め称えはじめた。

「番長はすごいんですよ!」
「番長が入学するまで、この学校は上の代が荒らしてたんですが」
「番長がそれを、おひとりでのしちまって!」
「番長のおかげで、この学校良くなったんっすよ!」
「しかも、うち技術屋が多いのに、番長の腕はピカイチだし!」
「それまで、対立していた近くの二校とも番長のおかげで和平が保たれて!」
「番長万歳!!」
「番長素敵!!」
「よせよ、お前ら」
「へぇー!留ちゃん、すごいんだね!」

色々とツッコミどころ満載な内容だが、伊作はキラキラとした目で留三郎を見る。留三郎もまんざらでは無さそうだった。

「しかし、参ったな。今日はこれから来校者があるから送って行けねえんだよ。まあ、あいつのことなんざ無視しちまってもかまわないんだけどよ」
「気にしないでよ留ちゃん。僕が勝手に来ちゃっただけなんだから」
「あーっ!ダメだ!!お前をこんな野獣の檻の中に放すわけにはいかねえ!送る!せめて校門まで送る!!」

えらい言われようだが、生徒会の役員たちは「番長かっこいっす!」と騒いでいた。


・・・


生徒会室から出ると、やはり廊下の両端を生徒たちがぴしっと整列して並んでいた。
留三郎が人睨みすると、一斉に頭を下げる。

「お前ら、コイツに何かしたら…分かってるんだろうな」
『押忍!番長!!』

男子校ってこんなものかぁ…と伊作が壮大な勘違いをしながら、留三郎の後をついて行くと、前方から走って来る生徒の姿があった。作兵衛だ。

「すいやせん食満番長!イ校の潮江番長がいらっしゃってます」
「ああ?アイツもう来やがったのかよ、時間より随分早いぞ」
「迎えのひとつも寄こさないくせに、随分な台詞だな。食満留三郎」
「…潮江文次郎」

作兵衛の後ろから姿を現した生徒のブレザーに伊作は見覚えがあった。
この近隣でも有名な進学校の制服だ。
薄く隈ができているその瞳と目が合う。
それに気が付いて、留三郎が自分の後ろへと伊作を隠した。

「大川女子の制服…なるほど、女を連れ込んでいたから迎えが遅れたというわけか。アホのハ校らしいな」

潮江の台詞に廊下に並んでいた生徒たちがいきり立つ。だが、それを手で制すると留三郎は言った。

「訪問は少し遅れてくるとう礼儀を無視したのはテメエの方だろが。三十分も早く来やがってよ。それにコイツは関係ねえよ、テメエに俺の女のこと、とやかく言われる筋合いはねぇんだよ!潮江文次郎!」

伊作は、留三郎の制服のはしっこを握りながらどきどきしていた。幼なじみから恋人になって、何度も好きだと言ってくれる留三郎だったが、こんなに人前ではっきり「俺の女」と主張されたのは初めてだったのだ。

だが、留三郎はそれを勘違いして「どうしたいさ、怖いのか?」と言った。

「テメエ、俺を無視してんじゃねぇよ!」
「うっせえ、お前の相手してる場合じゃねぇんだよ!」
「んだと、やるのかコラ!」
「上等だ、コラ!」

廊下だというのに、何故か二人の間に土埃が舞う。生徒たちは「番長やっちまってください!」とはやし立てていた。

「と、留三郎」
「いさは何も心配しなくていいんだ。すぐ終わらせるからな」

学ランを伊作に渡すと、留三郎は文次郎に向き直った。
一色即発の雰囲気の中、伊作は思い出す。先程の生徒会室での役員たちの言葉を。

『それまで、対立していた近くの二校とも番長のおかげで和平が保たれて!』
『番長万歳!!』
『番長素敵!!』

留三郎がそうまでして守って来たものを自分のせいで壊してしまうことは、本当に正しいのだろうか。
いや、そんなことは無いはずだ。

「いくぜ、食満!」
「上等だ、潮江!」

拳をふりかぶった留三郎に向かって、気が付けば伊作は走りだしていた。

「だ、だめっ!留三郎!」
「い、いさっ?おわっ!」

伊作はこけた。見事にこけた。
伊作がにぎりしめていた留三郎の学ランは宙を飛び、廊下にいた生徒の顔を直撃した。顔を直撃された生徒は、そのまま後ろにひっくりかえり、掃除ロッカーにぶつかる。掃除ロッカーの上には何故か大き目の金だらいがあり…。

くわんくわんっ!

「………」
「………」

文次郎の頭を直撃した。

「す、すげぇ」「イ校の潮江をノックアウトだ」「さすが番長の彼女…」「いや、何かうまい言い方ないか?」「…姐さん?」
「それだ!」「姐さん!」「姐さん!!」「姐さん万歳!!」

生徒たちは勝手な盛り上がりを見せていた。

「ええええっ!?」
「いさ、怪我はないか?」
「う、うん。僕は大丈夫だけど」
「良かった、でも急につっこんでくるなよ!危ねぇだろ」
「それは僕だって同じだよ。今まで留三郎が守ってきたものが、僕のせいで壊れちゃうって思ったら、僕…」
「いさ…っ!」

生徒たちみんなが見ている前で、留三郎は伊作を抱きしめた。
それを見て、さらに歓声が上がる。

「番長万歳!」「姐さん万歳!!」

伊作は少し顔を赤らめたが、こそっと留三郎の耳元に囁いたのだった。

「あのね、さっき俺の女って言ってくれて嬉しかった。格好いいよ、食満番長」




長にて候!





・・・・・・・・・・
文次郎はぶっ倒れたまま。
ちなみに
イ校→番長:文次郎 影番長:仙蔵
ロ校→番長:小平太 影番長:長次

この後、文次郎は仙蔵にしこたま笑われます。





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