烏帽子名


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・年齢操作
・半助=22歳 利吉=15歳を捏造。











山田家は氷ノ山の奥深くにある。
忍術学園から向かうには相当距離があるが、それでも半助は、その健脚と若さも手伝って順調に足を進めていた。

今日は利吉の元服の祝いである。

ぴちぴちと何とも言えない音を立てて流れる雪解け水を横目に、半助は道を急いでいた。


烏帽子名



―取り立てて大事の無いまま、元服の祝いは終わった。
家はお貴族様では無いからと、最近民間でも流行り出した加冠の儀も行わず、伝蔵は、ごくごく内輪で祝いを済ませた。
半助がそれに呼ばれたのは、幾ばくかの季節を山田家で過ごし、また利吉本人の強い希望があってのことだった。

祝いの席で利吉は、意志の籠った父親によく似た強い瞳をしており、伝蔵もまたそんな息子が誇らしげだった。

宴も今は静まって、半助はかつて山田家で使用していた部屋へと案内された。
円座に胡坐をかき、ふっと酒気を帯びた息を吐くと、戸から訪ねる声がする。

「半助さん、入ってもいいですか」
「ああ、いいよ」

姿を見せたのは今日の主役である利吉だった。勧められるままに、半助の隣りに敷いてあった円座に正坐をする。半助もまた、かいていた胡坐を正坐に直した。

「改めて、今日はおめでとう」
「ありがとうございます。父に負けない男になれるよう精進するつもりです」

正坐をした利吉は、彼にしては珍しく何かを訊きた気な顔だった。
今日の主役は利吉だ。半助は、自ら利吉に話を振ってやった。

「そういえば、取り立てて烏帽子名はつけなかったみたいだね」

烏帽子名とは、今まで名乗っていた幼名を捨て、元服後に名乗る大人としての名前のことだ。通常は後見となる烏帽子親が烏帽子子に対して名付けるのだが、山田家ではそれをしなかったようだ。

「ええ、そのことについて半助さんにお聞きしたいと思っていたんです。私は、貴方に烏帽子親になっていただきたかった。けれど、父から貴方に断られたと聞きました。何故、ですか」

まだ幼さの残る瞳は熱を持って半助を見つめていた。

「何故って、私が烏帽子親に相応しくないからさ」
「けれど、」
「私は何も持っていない男だよ。そんな私の一生を決める名前を付けるなどとても…」
「はぐらかさないで下さい、私は、もう大人です」

利吉を見ているとかつての自分を思い出す。まだ子供なのに、必死に心の中で大人だ大人だと言い続けていた自分に。

「…何笑っているんですか」
「いや、大人はそんな風に拗ねないよ」
「貴方だって時々、むくれてらっしゃいます」
「そうかな…いや、はぐらかすのはやめよう。君はもう、立派な男だ」

半助の声は不思議に静かで、しかし強い響きを持って小さな部屋に広がる。

「本当を言うとね、君にはすでに、ご両親に戴いた『利吉』という素晴らしい名前がある。それを私ごときが決めた名前で上書きするなんて、とてもできなかった。もし、私が君の烏帽子親になっていたとしても、やっぱり『利吉』と名付けたと思う」
「半助さん…」

利吉は半助の生まれを詳しくは知らない。
『半助』が幼名なのかも、元服名なのかも。
十二で家族で出掛けた野遊山先で突然空から降ってきたのが、半助との出逢いだ。以来、利吉の心は半助に奪われたままでいる。

「では…烏帽子親になったつもりで『利吉』と呼んでいただけませんか」
「いいよ…利吉、」
「はい…」

産まれてから今まで、ずっと聞いてきた自分の名前なのに、半助から呼ばれるそれは、どこか甘く、改めて自分の名前を知らされたような気がした。

「半助さん…」
「りきち…ん…」

甘く自分の名前を囁くくちびるに、利吉は己のくちびるを重ねた。
先ほどはらんだ酒気が二人の間を行き来する。

「…ふ」
「…元服してから初めての口吸いですね。今まで貴方は私が子供だからと遠慮されていたみたいですが、今度からは私が遠慮しませんから」
「はは、お手柔らかに頼むよ。利吉くん」

笑った二人の声が夜に溶けて行く。
本当に遠慮の無い利吉に半助が悩まされるのは、それから何年も経たぬうちのことだった。






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