寒い日の話
如月の雪もまだ溶け切らない中、そのひとは星を背負って座っていた。
「あ〜、利吉くーん」
「あ〜じゃありませんよ、あなたって人は」
利吉が半助を見つけたのは、夜も更けての頃だった。
二十五歳だというのに、あどけない笑顔を浮かべたその人は明らかに酔っ払っている様子で、学園の屋根に座っていた。
「部屋に居ないから、どこに居るかと思えば」
「うん、山田先生は出張中だよ」
「父上じゃなくて、あなたですよ」
半助の頬を染める紅は、酒の所為だけではなさそうだ。吐く息は、口から出る先から白くなっていく。
その頬を、両手で挟んでやるとやはり冷たかった。
「ほら、こんなに冷たくなって。寒いでしょう、部屋にもどりましょう」
「寒いよー、でもここに居るー」
「…あなた、酔ってるでしょう」
「酔ってないよ〜、忍者酔っ払わないー」
などと、舌っ足らずの口調でのたまうものだから、利吉はため息をついた。その息もすぐに白く変わってしまう。
「分かりました、分かりました。酔っていないんですよね。じゃあ、部屋に戻りましょう」
「分かってないだろ」
思いがけずしがみつかれた力が強くて体勢を崩しそうになる。酒精混じりの吐息が利吉の耳元で熱く響いた。
「君が中々来ないから寒いって言っているんだよ、馬鹿」
「な…」
囁かれた半助の口調はしっかりとしたものだった。勢いよく覗き込んだ瞳は、揺れずに利吉を見つめている。
「あなた…酔ってませんね」
「だから忍者が酔うワケないじゃん」
腕の中の二十五歳は、いささかぞんざいな口調で言った。
「あーあ、寒いな」
「寒い…ですね」
「で、君はどうしてくれるわけ?」
二人分の息が白くなってすぐ消える。
ちょっと暑いかもしれないと思いながら、利吉に残された選択肢は、ただひとつだけだった。
「…温めます」
「宜しい」
寒い日の話