「お前、俺のコト、本当に好きなんだよなァ?」

十四郎がジッと高杉を見つめる。

 「ったりめェだろ!何わかりきったこと訊いてんだァ?」

吸っていた煙管をカン、と不愉快だと言わんばかり火鉢のふちに打った。



 たった今まで、愛を全身で確かめあっていたのにそんな事訊くなんて…。

 「十四郎、お前心配症だなァ。愛してるって何度も言ってるだろうが」

 そう言って十四郎を抱き寄せた。

 だが懐で尚も不安そうに睛を揺らして高杉に尋ねる。

 「ほんとうに…?」

 「おめェ、まさか俺の愛を疑ってんじゃねェだろうなァ…」

 「………………」

  長い睫毛を伏せたまま十四郎は高杉の腕の中で体を硬くする。

 「十四郎、なんでだ?」

 優しくそっと髪を撫で、口づけようと唇を寄せると、両手で押し返された。

 「な、何すんだよッ!」

 「だって………」ぽそりと十四郎が呟く。

 「『だって………』何だ?」

 「……だっておめェ」そう言って言い難そうに闇色の睛をふるりと揺らす。

 そのせつなげな睛に高杉はどきゅーーーん!と胸を鷲掴みにされたが、今はそれどころではない。



 「だって………」

 決意を固めたまっすぐな睛を高杉に向ける。

 「だっておめェ、俺が心を込めて作ったマヨ料理、

 一度だって口にしたことねぇじゃねぇかッ!

 マヨの付いてないヤツは食うくせに………」

 悔しそうに唇を噛みながら耐えきれないとばかりに俯いてしまう。

 

 「うッ…………」

 今度は高杉が言葉に詰まってしまった。

 実は高杉は物凄く、マヨが苦手だった。

 何故だかはわからない。

 だが、三つ子の魂百までよろしく、幼少のころから嫌いで仕方なかった。

 あの、甘いのか酸っぱいのか微妙な匂い。ちょっとでもマヨが入っていたら受け付けないくらい大嫌いで、誤って食べてしまうとじんましんが出てしまうほどだったのだ。



 だから十四郎の尋常ではないマヨラーぶりに本当は

 「げぇぇぇぇッ!!!」と思うし、見たくないし、匂いすら嗅ぎたくない。

 一緒に食卓に着くと、十四郎はこれでもかとばかりにマヨを大量に使う。

 それは高杉にとって苦行以外の何物でもなかったが、ようやくその光景と鼻をつく匂いに耐えられるくらいになってきた。

 愛すればこそ、愛はすべてを超える!と自分に言い聞かせてようやくそこまでになった。



 だが、自分の口に入れるとなるとまた別だ。

 十四郎は多分自分でもマヨラー嗜好が他人には受け入れ難いということを今までの経験から学んだのか、無理に俺に食わせるようなことはしなかった。

 なのになぜ今、此処に来てそんな発言をしたのか、解せない高杉だ。



 「そ……それは………俺はマヨが………」

 「え…?マヨが何だ……?」

 今度は十四郎が高杉に訊き返す。

 「マヨが小せぇガキの頃から…死ぬほど……」

 「死ぬほど……?」

 怪訝そうな表情を高杉に寄せる。

 だが、ここでうやむやにしてしまえば、マヨをこれから摂取せざるを得なくなることは簡単に想像がついた。そうならない為にも、もうここはハッキリ言わなくてはならない!と高杉は思った。マヨは嫌いだが、十四郎がどんな人並み外れたマヨラーであろうが、愛してる!と伝えたかった。

 ドキドキしながら呼吸を整える。こんなにドキドキすることなんて、テロ活動でもしない。

 多分十四郎に告白した時と同じ位ドキドキしている。



 「嫌ェなんだよォォォォォッ!!!」



 ハァハァ、と心臓をばくばくさせながらもとうとう言った!言ってしまった!

 十四郎の様子を隻眼でちろりと伺うと十四郎が顔面蒼白になっている。

 「や、俺は、マヨはダメだけど十四郎はマヨラーであっても愛してる!って言いてェ訳で……」

 「………。晋助。お前、今、俺のコト嫌ェって言ったか?」

 「そんなこと、ひとっことも言ってねェよ!」

 こっちみろ、と十四郎の肩を引き寄せ真摯な睛を向ける。

 「いや、言っただろうが。たった今」

 絶対零度くらいの低く冷たい音で十四郎が言う。

 高杉はその尋常でない声音に内心焦りながら慌てて言い募る。

 「んなこと言ってねェよ!俺ァただマヨが…」

 「マヨ嫌ェだってこたァ、俺を嫌ェだってことなんだよッ!

 「ハァァァァ?何その論理…」

 「俺の成分は、99.99999999999999………………%マヨで出来てんだよッ!」

 「ハァ?」

 「だから、マヨ嫌ェだってこたァ、俺を拒んだってのと同じ意味だ」

 「ハァァァァァァァァァァ?!」

 ――― なんだそれ?全く意味がわからねェ。



 

 「もう、おめェとはやっていけねェな…」

 激情に身を震わせ、顔を硬直させていた十四郎が、淋しげにふっと笑むと、徐に身支度を始めた。

 「な、何言ってんだ?馬鹿なこと言うな!俺ァおめェを心の底から愛してる!おめェがマヨの成分で出来ていようが関係ねェ!おめェがそのまま好きだ!!」

 肩でぜぇぜぇと苦しい息をしながら、十四郎の家の中心で愛を叫んだ。

 「なに言ってやがる。ついさっきその口で俺を嫌ェだって言ったじゃねェか………」

 振り返りもせず淋しげに呟く。

 華奢な背が殊更細く見えるのは気のせいだろうか……。

 もう、いい。マヨのために十四郎を失うくらいなら、死ぬ気でマヨを喰らってやるッ!!!



 「十四郎!愛してるッ!俺が悪かった!マヨごとお前を愛してる!!!」

 そう叫んで、今にも出て行こうとする十四郎を背中からぎゅっと力いっぱい抱きしめた。

 「ホントか?本当に俺のこと、愛してるか?」

 「ったりめェだ。おめェがマヨの成分で出来ていようが関係ねェ!十四郎がマヨ成分っていうなら、マヨごとお前を食ってやる」

 そう言うと、十四郎を高杉の方へ向かせ、口づけた。

 「本当に、マヨ込みで俺を愛してくれるのか?」

 「俺に二言はねぇ!マヨでも何でもおめェのもん全て俺のもんだ」

 そう言って更に口づけを深くした。

 「しん……すけ………」

 十四郎が自分の腕を高杉の背に回した。

 嬉しいのかぎゅっと力が籠っている。

 「愛してる、十四郎」

 「ん……」

 唇を一旦離すとふうわりと十四郎が破顔した。

 ――― こんな綺麗な笑顔を見れるなら、マヨなんぞに俺ァ負けねぇ!!

 決死の覚悟を心の底に収め、まだ昨晩からのぬくもりが残っている布団へと、十四郎を姫抱きにして戻る。

 「おめぇが欲しい、十四郎」

 「ん……。晋助………」

 嬉しいのか、やや気色ばんだ頬に頬を擦り寄せてから、再び、お互いの愛を確かめ合った。



+++



 ――― マヨ生活 二日目(一日目はあまりに思い出したくねェくらいの醜態をさらしたので削除)。



 十四郎は手先が器用なのか料理が上手い。和も洋もお手のものだ。残り物でもサササッとアレンジして美味しい料理を作るのも得意だ。

 こんなに美味しい料理を作れるのに、何故、十四郎はわざわざ手塩にかけた料理をマヨで台無しにしてしまうのか、と残念でならねェ。

 

 今日の献立は、焼き魚にホウレン草のごま和え、厚焼き卵にきんぴらごぼう、わかめの味噌汁にご飯と、とてもバランスのいい食事だ。だが……。

 ――― ぶちゅぅぅぅぅぅ〜 っという不気味な音と共にマヨが献立の上に覆いかぶさっていく。

 まるで、献立がマヨに犯されていくかのようだ…。

なんまんだぶ……。無信仰の俺なのに、なぜか心の中で訳のわからぬお経を唱えていた。

 それくらい、マヨに犯されて行く料理達が可哀そうに見えて仕方なかった。

 焼き魚など円らな睛がまるで自分に助けを求めているようで、いたたまれなかった。



 それでも俺は、マヨだくな料理を平らげて行く。

 その姿を十四郎が見て、優しくにこりと笑む。

 その笑顔に笑顔で返しつつも、俺はもう、二日目にして胃袋が限界に近付いているような気がしてならねェ。



 ――― マヨ生活 五日目。



 今日は、十四郎は接待とかで夜遅くなると言う。そこで十四郎お手製の愛妻弁当が用意してあった。

 本当に、十四郎はいい奥さんになるに違いねェ。まさか、弁当にまでマヨなど仕込まねぇだろ…。自分でご自由に、という意味なのか、食卓にマヨが置いてあるし。

 いそいそと蓋を開けてみた。

 だが、その刹那。………血の気が引いた。「刹那」ってカッコいい言葉にしたのは、その後の表現が下品だからだ。



    ぐぇぇぇぇ…。弁当がマヨ一色に染まっている。



 多分、いろんなおかずが入っているに違いないソレ。だが、蓋を開けてみれば、マヨの海だった。

 試しに、マヨの海へ箸を入れて、ぐさりと刺さったものを取り出してみる。

 ミートボールだ………。やっぱり、マヨの下には色々なおかずとご飯が隠れているのだろう。まるで宝探しな気分だ。

 「…宝探しな訳ねぇだろっ………!!!」

 俺はもう、マヨだらけの食事に飽き飽きしていた。っつうよりも、もともと大嫌いなマヨなのだ。ここまでよく我慢したと我ながら思う。さすが愛の力は偉大だ。



 ――― 今日だけは勘弁してくれ。そう思って万斎を呼んで、マヨ弁当を食うように呼びつけた。

 だが、ひらり、と何かが舞った。
 「…なんだ?」

 拾ってみるとそれは小さな紙片だった。開いてみると、十四郎の文字。

 「なになに?『今日は、接待で夜遅くなってすまねェ。だから、その詫びも込めて心を込めて弁当を作ってみた。残さずに食ってくれたらうれしい』………十四郎!!」



 俺は思わず涙ぐんだ。そこまで俺のことを想ってくれるとは!それなのに俺ァ、万斎を呼びつけて食わせようとしてしまった。

 おめェの愛、俺が残さず受け止める!たとえこの体が十四郎のようにマヨ成分ばかりになってしまったとしてもッ!



 必死にマヨ弁当を掻き込む。



………マヨ弁当は自分の涙というスパイスも入っていつもよりちょっとしょっぱかった。



 ――― マヨ生活 十日目。



 もう、自分の脳がマヒしている。食事が美味いのかマズイのかそれすら脳は拒否するようになった。もう、もはや全ての料理がマヨの味しかしねェんだから………。



 十四郎は大好きだ。愛してる。だが………。もうマヨばかりの生活は自分の神経をおかしくしてしまっているに違いない。 全ての食べ物が黄色に見えるのだ。



 今日は、久しぶりに外食することになった。十四郎がひいきにしていた定食屋のオヤジが死んだとかで、新しく出来た定食屋へ入った。



 十四郎はマグロ丼を頼み、俺はヒレカツ定食を頼んだ。



十四郎はいそいそと懐からマイマヨを取り出し、ぶちゅぅぅぅ、っとマグロ丼に容赦なく乗っけて行き、もはやマグロの姿は見えなくなった。

 俺はマイマヨはもちろん無いので、久しぶりにマヨ無しのメシにありつける、とばかり、いそいそと箸をつけようとした。



 ………おかしい。ヒレカツを頼んだのに、黄色しか見えねぇ…。

 俺はとうとう脳をマヨに浸食されたのだろうか?

 目をこすりこすり、もう一度自分の来たものを凝視する。

 ――― やっぱり黄色しか見えねェ……。



 すると、十四郎がにこやかに言った。

 「オメェ、まだマイマヨ持ってなかったから、俺のマイマヨでかけといてやったぞ?」

 ――― 余計なお世話だァァァァァァ!!



 俺の血管がぶちり、と鈍い音を立てた。

 ぐらり、視界が揺れる。

 そのまま………俺はその場にぶっ倒れたのだった。



+++



 目を開けると白い天井が目に入った。眩しい。目が霞む。



 「よかった!目ェ覚めて………」

 傍らに十四郎が睛を潤ませている。俺の手を取ってぎゅっと握りしめた。

 「一体俺ァどうしちまったんだ……」

 「おめぇ、定食屋でぶっ倒れちまって、救急車で運ばれたんだ」

 「き、救急車?!」

 ――― 俺ァ指名手配犯だ。そんなことされちゃァ…。

 「大丈夫だ。おめぇの身元は隠してある。俺の兄ってことにした」こっそりと耳打ちしてにこり、笑む。

 そうして、俺の髪を優しく撫でてくれた。

 「悪かった。俺のせいだ。おめぇをこんなにしちまったの……」

 「いや、オメェのせいじゃねぇだろ?別に…」

 「いや、俺のせいだ………」

 そうしてしゅん、と項垂れた。

  傍に立っていた医師が俺に告げた。

 「――― お前さん、マヨネーズ摂取過多による急性高血圧さね」

 「えッ?!」 「だって十四郎は全然平気じゃねぇか…」

 「俺ァ、昔っからマヨまみれの生活だから、抗体があるんだそうだ。おめぇはいきなりマヨまみれになっちまったから…、だから…………」

 そう言って言葉を詰まらせた。

 「いくらマヨ好きだからって言っても食べすぎはよくないですよ?」と医師がにっこりと俺に微笑んだ。

 「はい……」

 「急性と言っても軽かったので、脳は大丈夫でしたが、これからはしばらくマヨネーズや塩分、脂質の多い食事は禁止です。充分気をつけてくださいね?」



+++



 ――― そういう訳で俺のマヨ生活はこの体がSOSを発して幕となった。



 ――― やったァ!とうとう解放された!!



 「晋助、本当に無理させてすまなかった……」

 しゅん、と十四郎が項垂れる。

 「いや、気にすんな。けどこれで俺ァ体を張って、おめェを愛してるってわかっただろうが?」にやり、と笑んで十四郎へ軽く口づけた。

 「あぁ……。俺ァおめぇの愛に感動した……。ありがとな、晋助」

 そう言うと、十四郎は唇を俺の唇へ合わせてきた。

 

 そのまま、俺は貪るように十四郎の唇を堪能した後、マヨ成分99.99999999999999………………%だという、十四郎の美しい体を堪能したのだった。

 マヨ成分のせいか十四郎の体はつやつやして、白くて本当に綺麗だ。マヨなんて脂質ばかりの筈なのに、無駄な脂肪が全くないのはなぜだろう?

とにかく、こんな時ばかりはちょっとだけマヨに感謝する俺だった。











森永マミィさまより
バカップル高土素敵!(*^∀^*)ニヤニヤ



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -