『オ、ォ……!!我が忠義を誓ったかの御方は、いずこへ……!!』

彼の声は現状、あたしにしか聞こえていないらしく……わなわなと身を震わせる騎士ヘシアンの様子には、皆茫然としている様だった。あたしを除いた、皆。

『いずこ、いずこ……!!私は守らねばならぬ、あの御方を護らねばならぬ!!』

まるで彷徨うように、何も見えていないかのように、ヘシアンはふらふらと部屋の中に歩みを進める。けれどそれでも、ヘシアンの圧倒的な敵意はあたしから揺らぐ事は無く、彼が一歩此方へ近づく度に、あたしも一歩一歩と後ろへ下がる。

『かの御方は私が、私が守るのだ、護り通すのだ!!!』

一層大きな騎士の慟哭。怒りと決意の混じった其れにビリビリと気圧され、背筋が凍った。吠える様にヘシアンがその身を僅かにのけ反らせると、ただひたすらに闇を湛えていた首の部分から、ぶしゅう、と音を立てて霧が吹き出した。城の外に満たされているあの濃い霧と同じものだと気付いた時には、部屋中に霧が蔓延し視界は一気に霞んだ。

「……またか」

すぐ傍で船長の呟きが聞こえて、其方を向く。彼は続けて"降魔の相"と唱えた。すると霞んだ視界のなかでも確かに分かる程、船長の影が大きく伸びて……。

「失せろ、亡霊……!」

藁を纏い巨大化した腕、その両腕を大きく広げ交差するように勢いよく振るうと、部屋中の霧がブワリと斬り裂かれていく。風圧に目を瞑り、次まぶたを開いた時には、先程とさして変わらぬほど、視界が晴れていた。

ただ一つ違うのは



「ぐ……っ、が、ァ……!」
『かの御方を騙る冒涜者め……死を以って償うがいい……』


あたしの眼の前には怒りを滾らせる騎士、ヘシアンがいて
彼の右手はあたしの首を掴み、両足は宙に浮いていた。


「……ッ!!ナーシャ!!」


隊長の慌てた声。姿の変わった船長がその声に反応し此方を向いた。

その時には、もう





怪異の騎士、ヘシアンの腕から離れ、あたしは勢いよく、宙へと投げ出された。

投げられた。
そう理解した時には、あたしの頭と背中で城の窓を割る音がして……木枠と硝子の割れる音、割れた破片で身体中を裂かれる痛みが、まるでスローモーションのように一つ一つ感じ取れた。噴き出したあたしの血の滴が舞う中、船長の腕が此方に、伸びた、けど、あたしも腕を、のばした、けど



指先に釘を巻いた、藁で出来た大きな手は、届く事は無かった。
あたしはまた、彼の伸ばしてくれた手を取る事が出来なかった。



あれ、流石にコレ、まずいな。
死んじゃうのかな。
あ……腕を伸ばした時、折角任されたオルゴール、落としちゃった。
アレ綺麗だったんだけどな。
あたしやっぱ此処で死んじゃうの、かな。


色んな思考が、脳内に巡る。
巡り、巡って、巡らせながらあたしは
ヘドレス島の濃い霧の中に落ちて行った。


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