その島は、まるで全てが死んでいるようだった。
波の緩やかな岸に船を寄せ、錨は降ろされ、船から島へ渡る架け橋が掛かる。
ゴトン、と灰色の地面と木製の架け橋が打ち合う音が、遥かまで響いた。なんというか……

「静か、ですね」
「そうだな」

こちとらそれなりに名を轟かせている海賊団だと言うのに、その来訪に騒ぎ立てる人の姿はまるで無く……どころか、見渡す範囲内に人の文明らしき建物も見えない。無人島なのだろうか。灰色に染まった、ヘドレス島……暗い色彩で纏まっているはずのグラッジドルフ号こそが、今この島で一番の彩りを放っている。辺りにあるのは、まるで地獄の底で苦悶する死人の様にひしゃげた黒い木々ばかりで。なんというか……

「コワイですね」
「そうか?」

此度の呟きには船長は賛同してくれなかった。チクショウ。
隊長やファウスト、クルーの皆の方に目を向けると、寧ろこの鬱々とした雰囲気漂う島に居心地の良さすら感じている様で。この船でまともな感性を持っているのはあたしだけだと絶望した。
霧が濃く、数メートル先はもう真っ白。それ故の湿度の高さに不快感を覚える。
船長は船から降りたその場にて、懐から地図を取り出しそれを広げた。紙上にその朱殷色の瞳を滑らせる彼を横目に、嗚呼そういえばあたしも地図の読み方くらい覚えないとなぁ、と思いを馳せる。つぎ暇があったら、航海士さんの所にお邪魔しよう。

「……よし、行くぞ」

まるで呟きの様だけれど、その声は間違いなくあたし達クルーに向けた言葉で。皆それぞれ、彼の言葉に応えた。あたしも僅かに遅れて、はいと声を上げた。
地図を仕舞った船長が先を往く。彼に続く黒ローブの集団は、あれだけ言っておきながらこの島に非常にマッチしていると思ってしまった。

まさか、よりにもよってかの"魔術師"の冒険が、和気藹々な会話を挟むわけも無く。ひたすらに静かな島にただただ足音だけが響く。いっそのこと船の見張り番に加わっておけばよかった、とも思ったけれど、今回の冒険、あたしが留守番するのを許してはくれなかったのが、目の前にて金糸を靡かせるホーキンス船長その人だったと思いだした。確かにまあ、海賊としてちゃんと冒険がなんたるかを経験しておかないと、それはわかるけれど。

「ふぁ、ファウスト、ファウスト…!」
「んー?ニャんだ、もうバテたのか?」
「違うけど…!違うけど……!!」

説明するのも歯がゆくて、あたしより僅かに大きな体躯の猫に縋りついた。だって此処……。

「あまりにも……!コワイ……!!」
「そうかニャア……」

もう叶うことならばお宝を見つけるまでこの不気味すぎる島に目をやりたくない。揺蕩う霧は物語に出てくるおばけのようで。生命を感じない黒い木々が、化物の影のようで。あたしは蝉の如く、己の四肢をファウストに取りすがった。一般的な人とは違い、服越しに彼のもふもふの毛が沈む感覚は非情に心地いい。この恐怖心も僅かに和らぎそうだ。

「ナーシャ〜、歩きにくいぞ〜」
「だってここコワイんだもん!!」
「意外とナーシャは怖がりだったんだニャ」

彼の襟飾りに顔を埋めながらも、この猫がニヤニヤ笑っているのが声色で十二分に分かる。事実だけれど、ちょっぴり癪だったのでヒゲを引っ張ってやった。いで、という声が聞こえて、今度はあたしがほくそ笑む番だ。

「オイオイ、そんな調子じゃあウチでやってけねぇぞナーシャ」
「だあって〜…コワイもんはコワイですよ隊長〜…」

いいから自分で歩け!と、あたしの情けない姿を見かねて特攻隊長があたしのローブを引っ張り、ファウストから引き剥がさんとする。しかしあたしの踊り子として鍛えてきた四肢がそうそうはがれる訳も無く、攻防は続いた。

「ギニャニャニャ!!痛いよ二人とも〜!」
「はーなーれーろーっ!!」
「いーやーでーすーっ!!」

騒ぎ立てるあたし達の傍を通った、黒いレンズの眼鏡のクルーが「まるでカーテンに引っかかった猫だな」と含み笑いを交えて喩えた。うるせーやい。しかしあたしが毒づく前に、黒いレンズの彼は言葉を続けた。

「まぁ、おふざけも程々にしろよ」


──さっきからホーキンス船長、コッチ見てるぞ


……なんだか、その一言が、視線が突き刺さっているという事実が、この島への恐怖を大きく上回って。あたしはファウストから離れ、トボトボと自らの足で歩き出した。
とても顔は上げられなくて、ひたすら自分の足と灰色の地面を見るしかない。



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