11

ホーキンス船長って、やっぱり"そういうコト"に興味ないのかな。

薬草やら、それらを用いた薬やらの不思議な匂いが薄ら漂う部屋で、あたしはひたすらぼへーっと不可思議な気分に苛まれていた。部屋の天井の模様も少しながら覚え始めているほどには長く、心をどこか遠くへやっているらしい。



あれから、あたしたちホーキンス海賊団は、このヘドレス島での冒険に終止符を打った。

あの首無し騎士、ヘシアンには散々引っ掻き回されたけど、彼が再びあたし達に害をなす事はないだろう。
タッセル家の廃城を後にし、船への帰路へ。今回の冒険で何故か一番傷を負うことになったあたしは、まっすぐ船の医務室に押し込められてしまった。改めて傷の具合を見たり、ちゃんとした治療を受けたりして、その後はしばらく様子見することに。今度こそ安静に、大人しくしてろよと船医さんに釘を刺されたあたしは、申し訳ない、とへらへら笑うしかなかった。

医務室のベッドの上に寝転がり、また彼に想いを馳せてしまう。
……い、いやいやちょっと待って。何だ想いを馳せるって!
たかが、たかがキス一つでなに生娘みたいに悶々としてるんだか!イヤ、そもそもあれはキスとかじゃなくて、あたしを助けるための人工呼吸で……そもそもあたし覚えてないし船長が言ってただけだし……いや、でもその船長にしてもらって今あたしは生きているワケで、あああもう!

──そう、さっきから、ずっとこの調子なのである。
医務室のベッドで身体を休めるこの空虚な時間。もてあましたあたしの脳内では、ずっと、船長の事ばかり考えてしまうのだ。
あたしだって、そりゃあお酒の入る場でそれなりに働いてきたし!実のところ今までの人生に於いて異性に好意を持たれたことは初めてじゃない。



ただ、それに応えたことは、一度も無いのだけど。



……そう、無いのだ。
恥ずかしながらあたしは、生まれてこの方(とはいってもその大半の記憶は憶えていないんだけど)そういったロマンスに巡り合ったことがない。興味がない訳じゃない。むしろある。普通に人並みに、恋やら愛やらに憧れを抱いている。
ただ、応えようにも占いに関わっている所為か否か、なんとなく"わかって"しまうのだ。
だから、断りの文句はいつも決まってこう。


───「あなたはあたしの運命の人じゃない」


ごめんなさい、ってね。

いつもこんな塩梅にのらりくらり躱してきた。
まぁ運命も何も、直感に過ぎないんだけど。でも今まで告白を受けた人達、どれもみんな本気になれない、っていうか……ちゃんと向き合えなくて。過去に一人、そんなの時間が何とかしてくれると思ってお付き合いしたことはあったけど、結局その人とは手を繋ぐ以上の発展が無いまま関係は自然消滅した。
何もあたし自身、お高く止まってるだとか、王子様を待ち続けてるロマンチストって訳じゃない。むしろ日々占いに踊り子に、生活の為に奔走して収支を切り詰めて過ごしていたんだからその真逆、物質主義といっても過言ではないと思う。
けれどそんなあたしの中に確かに居座る感覚的以外のなんでもない曖昧なウンメイとやらはどうにも主張が強く、その人が"違う"と分かってしまうと、心からの感情を向けられないのだ。

は〜〜〜あ……、と過去の自分の無に等しい恋愛遍歴を思い返すと勝手に出てきた長ったらしい溜息。誰かに拾われることも無く、ましてや今しがた向き合った自分自身の問題を解決してくれる訳も無く、グラッジドルフ号が波を切る音に飲まれて消えていく。

「どうした、何処か痛むのか」
「ハイヤァーーーーーッ!!?」

……と、思ったのだけど。
不意に響いた低く冷静な、なにより無意識に想いを馳せてしまっていた当の本人の声に、脱力しきっていたあたしの身体が不意を突かれ過ぎてびょんと飛びあがった。傷に響く!

「落ち着け、傷が開くぞ」
「……ハイ……」

一体いつから居たのだろうか。未だにあたしの心臓はバクバクと肋骨から飛び出る勢いで脈動している。胸に手を当て彼の言葉通りに平静を取り戻そうと大きく呼吸していると、持ち前の察しの良さゆえか「扉は鳴らしたんだが……返事がないから眠っているのかと」とあたしが疑問をぶつける前に答えてくれた。さすが船長。そしてその気配に気付かない程考え込んでいたのかあたしは!改めて、なんだか恥ずかしくなってきた。

「だがその様子だと回復も早そうだな」
「ア……アハハ……、そうですね」
「……? ナーシャ」

愛想笑いは酒場でのバイトで培われてきた筈なのに、あたしの口から出る笑い声はカラカラと渇いたぎこちないもの。すると船長、はたと気づいた様にあたしの名を呼ぶと、そのままベッドの淵に腰掛け、じっ……とあたしの顔を真っ直ぐ見つめる。

「へっ? あ、あの、船長……?」
「動くな」

そのままするりと伸びてきたのは黒い手袋に覆われた船長の手。彼の指先はあたしの輪郭をそっとなぞる。

えっ、ちょっと待ってナニコレどういう状況!?どうしていきなりこんな事に!?ホーキンス船長ってば意外と肉食系!?やだあたしってば心の準備があわあわわ!

「顔が赤い、熱でもあるのか?」
「ひゃあそんな船長ってばお手柔らかに……、って、アレ?」
「…………何をだ?」

早とちりを極めたあたしの口から滑り出た言葉に、ホーキンス船長はきょとんと僅かに首を傾げた。もう吐き出してしまった以上遅いが、恥ずかしいを通り越してもう今すぐ海に飛び込んでしまいたい。あたしは、なんという、勘違いを……!イヤイヤそりゃそうですよあたし怪我人ですもんね!顔が赤くなったらそりゃ身体の不調を疑われるわな!
……幸いあたしの唐突過ぎる言葉は流石のホーキンス船長でも真意が掴み切れていないらしく、相も変わらず表情の薄い顔ながらもハッキリとわかってしまうほど怪訝そうな雰囲気をありありと醸し出している。

「やっ!あのっ!な、なんでもないです!」
「おれは何に手加減すれば良い」
「真面目に考えないでーーーッ!?」

慌てて必死に制止すれば、船長は案外すんなり「そうか」と受け入れてくれてひとまずほっとした。ホーキンス船長がその気になれば、どんなことでも見透かされてしまう様な気がして、思春期みたいな思考を紡いでいたあたしとしてはこれ以上の追及は堪ったモンじゃない。
船長は、あたしの様子にこれ以上は要らぬ心配か、と覗き込んでいたあたしの顔をぱっと離した。自由の利くようになったあたしは、顔の熱をさっさと散らしてしまうべく顔をぱたぱた仰ぎながらベッドに座りなおす。しっかりあたしの傷の具合というか、状態が確認できたらしい船長は、その後何かしてくる訳でも無く、沈黙が医務室に満ちた。船長は部屋を後にするでも無く、会話の為に口を開くでも無く、ただただ静かに座っている。なんだか妙に気になってしまって、というか、この謎の沈黙の空間に耐えきれず、あたしから口を開く。

「あのう……船長」
「なんだ」
「ご用件は……?まだなにか……?」

怪我の様子見ならもう十分なハズだ。伺う様に二回りほど大きい痩身を見上げると、彼は少しの間の後に「あぁ」と短く声を上げた。

「具合を見に来たのもあるが……ひとつ、お前に聞いておきたい事があった」
「はぁ」
「正直に、答えてほしい」

船長の念を押すような言葉と、全てを見透かしてしまえるような真っ直ぐな瞳に、あたしもピンと糸を張るような緊張感を抱く。勝手に背筋も真っ直ぐに伸び、ほんのちょっと傷に響いた気もしたが、今はきっとそれどころではないだろう。空気がそう語っている。


「ナーシャ」
「……はい」
「お前は魔術を使えたのか?」
「……はい?」


二度目の"はい"の語尾はそれはそれは急上昇。真面目な雰囲気に構えてはいたが、ホーキンス船長の問いは全く以って予想外のものだった為吊り上ってしまう語尾も仕方ない。船長の問いを咀嚼しきれず呆然としていると「どうなんだ」と追及されハッとあたしの意識が明瞭になる。

「えーっと……無いです……全く……」
「…………。」
「って、もし最初から魔術使えてたらこの船に馴染むのもっと早かったと思いますよ」
「……それも、そうだな。お前の反応はどれを取っても新鮮だった」

それははたして褒められてるのだろうか。イヤある意味貶されてない?



「ならば、お前は本当に人間か?」
「おーっとなんですかなんであたしの人間性疑われてるんですか!!」



次いで飛んできたのは、余りにも突拍子の無い問いだ。豪速の乗った変化球にも程がある。ホーキンス船長との意思疎通のキャッチボールってこんなに難しかったっけ?そして幾ら記憶の糸を手繰ってもホーキンス船長から人間である事を疑われるような並外れた振舞いなどした覚えはない。全くない!


「わからないだろう。実際、お前には家族の記憶が無い」
「エェッ!?いや、それ言われちゃあ何とも言えないといいますか……っていうか何ですかさっきから!あたし何か変な事しました!?」

        
ハッキリ言って、ホーキンス船長(魔術師)よりはよっぽど人間らしいと思うの、あたし……。
よもやそのホーキンス船長にあたしが人間であるか否かを疑われるとは、誰が思うだろうか。船長の考えを押し計るのはそれはそれは容易な事じゃないとは思うけれど、一体どうしたらそんな疑問が出てくるのだろうか!えっ、あたしってば怪我した拍子になにかやらかしてしまったのか!?答えを聞く前に巡るあたしの思考は最早パニック状態だった。

「変な事……いや、してない。ナーシャは、してない」
「で、ですよね!?あーよかったー!!」
「…………やはり、杞憂だな。すまなかった、気にしないでくれ」

あらぬ疑いが晴れたかと胸を撫で下ろすあたしを流し見た船長は、どこか得心したように立ち上がる。

「おれが証明出来ることではないが、人間であることには間違いないだろう。それ以外の者であればとっくに船から弾かれている」
「当然でしょ!?もー、どれだけ一緒に旅してきたと思ってるんで……弾く?」
「魔の者や外界の存在に対する結界を張ってある」
「アルェー?結構一緒に旅してきたと思ったんだけど初耳だナー?オカシイナー?」

なんだかとんでもない事実に理解が追いつかない。何ソレつまりこの船そういうの集まりやすいの!?なんですか魔の者って!外界の存在って!!声を張り上げて今度はあたしが追及しようにも、ゴーイングマイペースなホーキンス船長。「邪魔したな、ゆっくり休むと良い」とすたすた部屋を後にしてしまう。


「ちょっと、ホーキンス船長ォーーーッ!!?」


ぱたん。医務室の扉が閉まる無機質な音は虚しく響き、あたしの叫びもまた、虚しく木霊した。答えが返ってくることも無く、ひたすら晴れない疑問を積み上げられるばかりのあたしは、ぺふん、とベッドにその身を沈めた。

「……なんか、無駄に疲れた」

自分さえよければ、って人では無いにせよ、ホーキンス船長のペースは未だ掴み切れない。我らが船長はむつかしい人だ。は〜〜〜あ……、とまた溢れだした長ったらしい溜息、今度は誰に聞かれることも無く部屋に霧散した。本当になんだったんだ、と考えるのも面倒になったあたしは、天井の模様を見る気すら起きず、そっと瞼を閉ざしたのだった。



=====





騒がしくも、しっかりと答えてみせた彼女の言葉は疑いないものだと思う。

ナーシャ……アナスタシア。本当の名を封じられ、過去を失った女性。
彼女は今までの船旅の中では類を見ない存在だ。船の仲間でも、旅先の島でも。

いつの日か、彼女の秘めた能力をモノにするべく相手をしていた時、おれの能力を……命のストックがどういうものかを見せようとした時は必死に引き留めた。まぁ元が死とはかけ離れた世界にいた人間だから、その反応が当たり前なのかもしれないが、おれにとっては新鮮な物だった。

……いや、それだけじゃない。
想えば彼女が船に迎えた宴の際もそうだ。
おれも含め、船員一同彼女を歓迎していた、あの宴の時もそう示してみせた筈だ。しかし彼女は静かに泣いた。ただその後に

───『うれしくて』

そう言ってはにかみながら涙を拭う彼女の、その反応も……、そう、ナーシャと言う女性は、彼女の見せる何もかもは、おれにとっては真新しく、ずっと眺めていて飽きが来ることは無い。さながらカレイドスコープのような、女性だ。



───『あたし、船長のために、もっともっと頑張ります』



決意に満ちた、色違いの瞳。
彼女の創り出す水晶にも劣らぬ、透き通った、美しい瞳。
いまに想えば、あの亡霊が彼女を連れ去ったのも頷けてしまうような気さえする。それほどまでに心惹かれる輝きを放つ眼だった。

…………そう、ナーシャは、アナスタシアは、人間だ。

間違いなくひとりの人間であり、魔術の類には関わった事の無い、ただの人間だ。

だからこそ





おれの思考が、ふとした時に彼女に惹かれてしまうのは
魔術でも、呪いでも、はたまた淫魔や妖魔の類でも無い

アナスタシアというひとりの女性自身の、魅力なのだろう。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -