枯草と水晶 | ナノ
「ただいま帰りましたあ」
「おやナーシャ、もう店じまいかよ?」
うっせ、とベロを出して悪態を吐く。島唯一の酒場は準備中。バーカウンターを隔てた先に居る頭の寂しい中年マスターとのやりとりはもう慣れっこだ。あたしの態度もどこ吹く風、そんな顔してもタダ飯は出さねぇぞだなんて。このおっさんは地獄に落ちる。あたしにはわかる
「なんだ、今日は酒場に専念してくれるのかい?」
「今日はお断りでーす。気分じゃなーいの」
「ハッ、なんだいだらしねぇ奴だ。今日はもしかしたら最高に稼げる日かも知れねぇぞ?」
「海賊が来てるんでしょ。お客さんに聞いた」
酒場の屋根裏、あたしの我が家に向かう階段の道すがらの会話。ふと視線は、マスターの荒野のような頭…を通り越してカウンター奥の掲示板に向かう
こまめに更新されている様子のないコルクボードには、無数の手配書
どいつもこいつもその首に臆が掛かっているような輩ばかり。並んでいる顔写真も、堅気の雰囲気はこれっぽっちも出ていない
いちいちビビってたら金は貯まらねぇぞー!だなんて下から声が飛んできたが、マスターへの返事は二度目の悪態によって答える
蓄えがゼロってわけじゃないんだし、あたしは粗末なベッドに転がった
ふわふわ浮かぶ水晶玉。蠢いている暗雲は、なんだか更に大きくなっている様な気がした
ま、所詮は占い。過信したって仕方ない。
あたしはそっと、目を瞑った
=====
「何というか、ホーキンス船長。特色の無い島ですね」
「………。」
ホーキンス海賊団の中で、一際目を引く髪を編んだ大男が声を掛ける
彼の言葉に、ホーキンスは答えない。ただ今は、手中にて未来を告げるカードに意識を集中させている
しかし髪を編んだクルーの言う事も最もで、どうやらあまり海賊に上陸された経験がないであろう島の住民たちは、早々と自宅に籠ってしまう
「…とりあえず、ぼく達が聞き込みしてきますよ」
黒猫のミンクのクルー、ファウストの提案にホーキンスは短く「嗚呼」とだけ答えると手頃な広場のベンチに掛け、タロットカードを広げた
数人ほど護衛の為に彼の傍に控える船員達を除き、黒衣の海賊たちは街へ散り散りになる。目的はただ一つ「水晶玉の女」の為に
「うおぉっ、か、海賊!?」
「ここ、酒場だろ店主さん。ちょっと聞きたい事があるんだけどニャア」
広がる暗雲は、すぐ其処に戻る