枯草と水晶 | ナノ



「おうナーシャ、船長が呼んでたぜ」
「へ?」


地下の食糧庫から、暫く使う分の食糧をキッチンに運んでいる途中、一人のクルーに声を掛けられた
彼はあたしの持っていた荷物を掠め取ると、船長室に向かうよう指示した

この船に乗ってから数日経ち、ちょっとした…いや、大きすぎるハプニングに見舞われたりもしたが、そういえばアレ以来まともに船長と顔を合わせていない
…まさか、早々に役立たずと切り捨てられてしまうのだろうか。海に投げ出されてしまうのか?あたし能力者だから死んじゃうんですけど!

不安に思うばかりでも仕方ない。とにかく、わずかに重くなった足取りであたしは船長室に向かう


───コンコン


「ナーシャでーす…」

ドア越しに名乗ると、すぐ中から「入れ」と帰ってくる
シツレイシマース…恐る恐るドアから様子を伺っていると、何をしていると訝しまれた。大人しく入室する

船長の部屋は、なんというか、物が多い
決して汚いわけではないけれど、本や巻物、それによくわからない物が多い。なんだあの像は
わずかに漂う不思議な香りはなんだろう、とちょっとはしたないけど忙しなく部屋を見回す。目に着いたのは、エキゾチックな意匠が美しいお香だ。細い煙が揺らめいている

「…そんなに珍しいか」

海図の広がっている大きな机に備わった豪奢な椅子に掛けながら船長が問う
あたしに傍の椅子に座るように促した。彼のいう通り、ちょこんと腰を掛ける

「珍しいですよ!どれも初めて見るし…見てて楽しい」
「………そうか」

座してもきょろきょろして回るあたしに、船長の視線が突き刺さる
流石に気になって、あたしから切り出した

「えと、それで、ご用件は」
「…あぁ、そうだったな」

どうやら船長も忘れていたようだ

「まず、これを」

船長は机の下をゴソゴソ漁ると、大きな黒い布の塊をあたしに手渡した

広げてみるとそれは、クルーの皆が愛用しているフード付きの黒いローブだった
ファウストみたいな襟飾りは無いものの、胸元の十字架と水晶でできた飾りがきらきらしている

「えっ、船長、これ」
「お前をイメージして飾りは整えた。水晶で出来た飾りであれば、お前の能力でいざという時武器にもなる」

船長…!とローブを広げたまま感嘆に浸っていると、船長は続ける

「じきに次の島だ。暫く逗留し、お前の能力を確かな武器にする」
「……え?」
「お前の能力をもっと理解したいと思う。今日からおれとお前で色々試してみよう」
「…それって、なんというか…修行的な?」
「そうなるな。おれ以外にも能力者のクルーはいるが…お前はおれの運命を司る女だ。ならば、おれが面倒を見て然るべきだろう」

それに、協力すると言ったのもおれだ
そう付け加えた彼の眼には、あの日、あたしが海賊になる決意をしたあの時と同じ輝きが宿っていた




「へへっ、よろしくお願いします師匠!」
「船長だ」
「でもこないだのお風呂は許しませんよ師匠!!」
「船長だ。…ところで何の話だ」
「え……?」






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