枯草と水晶 | ナノ


───アナスタシア



─────アナスタシア




「………ッ」


飛び起きた
頭の中に響いた声、男の物か、女の物かはわからない
心臓が、バクバクと忙しなく鼓動している
そしてようやく、今の声が夢だと気付いた

窓の外から見える空は、まだ薄暗い。太陽も登り切っていないようだ

胸いっぱいに息を吸い、ふう、と吐き出す
早朝の少し冷えた空気が、あたしの心を鎮めてくれる気がした
ところで此処は何処だろう
いつもの酒場特有の、お酒の匂いが全然しない
床もなんだか揺れている様な…それになんだこの豪華なベッドは!!

寝ぼけ眼のまま、あたしは窓の方へとフラフラ向かう

「……海?」

あたしはそのまま固まった。思考も身体も石になったようだ
…あぁそうだ、思い出した
あたしはもう、売れない占い師兼踊り子ではなく

ホーキンス海賊団の一員、ナーシャとなったのだ


軽く背筋を伸ばして、ふかふかのベッドを見やった
夢を見てしまう程、よいベッドなんだなぁだなんて、今しがた見た気分の悪い夢を嘲る
ただ誰かに、思いだせない誰かに"あたしの本当の名前"を呼ばれただけの夢だったけれど
身体はあまり良い反応を示さず、少し汗をかいてしまったようだ

…早朝だし、いいか

あたしは部屋を出て、お風呂に向かった



=====


おおよそ船の中は案内してもらったけど、部屋の一つ一つを見て回った訳じゃ無い
なので、今目の前に広がっている光景に絶句している


「すっ……ごい……」

こ、これが、船に備え付けられている、お風呂…!?
なんというか、その、あの…広い。すっごい広い
広いし、綺麗だし!エッなにこれシャンプー!?種類多いな!!

すっぽんぽんであちこち漁り回るあたし。ちょっとどうかしている
なんだか使うのが申し訳なく思うくらい、浴場は広く美しい。一流ホテルってこんなかんじなのかなあ
と、すっぽんぽんのままただ風呂場を眺めていても仕方ない。一応使用中?と書かれた札を発見できたのでドアに掛けておいたけども

不思議な模様のタイルを歩き、壁に掛けられたシャワーヘッドを手にする
蛇口を捻り、お湯を出し、あたしに貼り付いた汗を一気に洗い流す
気持ちイイ。夢のせいで心にできたモヤモヤも、一緒に流されていくようだ
ボディーソープがどれだかかなり迷いつつ、軽く身体も洗う
泡を洗い流し、折角なので淡く紫に色づいている湯船に浸かる

ほわあ、と間の抜けた息が勝手に出てしまう
暖かいお湯が、全身に染みわたる
そういえば島に居た頃は、マスターの住宅も兼ねている酒場の、小さな小さなシャワールームしかなかった
こんなふうに、ゆっくりお湯に浸かる事なんてなかったなあ


───ガチャ


「……なんだ、居たのか」
「あ、お先頂いてま〜す」
「構わない。湯加減はどうだ?」
「んも〜さいこうです〜………」


………は?


「エアァァァァァア!!?」
「うるさい。響くだろう」
「いやいやいやいやナンデ!!?」
「なにがだ」


なにが、って、え!?いやなにがって!!?
あたしが暖かいお湯に頬を緩めていると、突然の乱入者
…ホーキンス、船長が
え?あれ?オカシイナー使用中ってお札立てかけといたはずなんだけどナー?
ってかあたしも油断に油断を重ねてナチュラルに会話してしまった!!
いやもうそれら全部吹っ飛ばしてこの状況!!


あたしも!船長も!素っ裸なんだってば!!


「ギャアアアア船長のえっち!!出てってよ!!」
「ここはおれの船だ」
「何で平然としてるんですか!!何呑気に髪洗ってるんですか!!?」
「今日は早朝に身を清めると吉と出たんだ」
「ヤッホイ話が通じやしねぇ!!」

駄目だこの人。会話のキャッチボールが出来ない人だ。消える魔球返してきやがった
慌てて近場のタオルを引っ張り込みあたしの身体を隠そうと試みる。マナー違反?知るか今は緊急事態だ!

「案ずるな、お前に欲情するほどおれも浅はかではない」

船長は此方を見向きもせず、己の長髪に泡を撫でつけながら言い放った。ひ、ひどい


「う、うわぁぁぁん船長のバカーーー!!!」


あたしは駆け足でこの状況から脱した。途中水に濡れたタイルで足を滑らせたのは内緒だ




「え〜ん乙女の純潔が〜……」

「…っていうか、綺麗なからだだったなあ…」

「って!!変態かあたしは!!」


「アイツ何騒いでんだ?」
「さぁ…?ナーシャ〜朝飯だぞ〜」



戻る


- ナノ -