「男に生まれたかったなぁ」
「…あ?」

ぽつりと呟いた言葉に隣の席のバンダナ男が反応した。それを無視してはぁ、とため息を吐くと隣から盛大な舌打ちとともに椅子の動く音が聞こえた。

「おい、」
「…」
「おどれこの俺にシカトかますとはええ度胸しとるやないかい」
「…もう、なに?しつこい」

どかりと空いていた前の席に腰掛けたバンダナ野郎はわたしの机をばんばんと叩く。無理矢理気を引こうという魂胆か。すごくうるさい。

「どういうことや」
「なにが」
「今の。男になりたいて」

こちらを覗き込む一氏は訝しげに眉を寄せて睨み付けてくる。圧がすごくてわざとらしく仰け反り顔を逸らすとまた机をばんばんと叩かれた。ものすごくうるさい。

「さっきからどんだけシカトしたら気ぃ済むんや自分?お?その耳は飾りもんか?お?」
「そんなチンピラみたいに迫んないでよ。怖いなあ」
「誰がチンピラじゃボケ」

ああん?と顎をしゃくれさせるその顔があんまりにも酷くてわたしはついに吹き出してしまった。もうしばらくは不機嫌そうにしていたかったのに、悔しい。

「やっと笑うたか」
「その顔にはさすがに勝てなかった」
「俺に勝とうなんぞ百億光年早いわ」
「お見逸れしましたー」
「苦しゅうない」

それまで仏頂面だったわたしを笑わせられて気が済んだのか一氏は満足そうにふんぞり返った。そのままさっきの呟きは流してくれればいい、そう思ったのだが案外この男しつこいらしく「それで?」と先程の続きを促してきた。

「…別に、深い意味はないけど」
「失恋か」
「は、なんで」
「好きなやつに告ったらアタシ他に好きな人がいるのっ!って言われてんやろ」
「あんたじゃあるまいし」
「ななななに言うてんねんボケェ俺と小春は年中無休相思相愛ラッブラブじゃボケェ!」

図星だったのかぎゃあぎゃあとご乱心した一氏を遮るようにチャイムが鳴った。ああ、助かった。休み時間が終わったことで会話も終了しわたしはそっと胸を撫で下ろした。

なんで男になりたいかって。そうだよ、一氏の言う通り失恋したんだよ。入学してからずっと、ずっと好きだった。今だって、まだ。でもどう足掻いたってわたしは精々良いお友だち止まりで、それ以上にはなれっこなくて。わたしが男だったらもう少し可能性があったのかな、なんて。そんな下らないことを考えてたんだ。

「なあ、」

授業が始まって少しした頃、隣から小さな呼び掛けが聞こえてそちらを向くと一氏が教卓の方を気にしながらわたしの方を向いていた。

「なにがあったんかは知らんけどな、お前はまあ、なんや、そこそこイケてんで」
「…は」
「こっこの俺が言うてんねやからそのない胸張ってもっと自分に自信持っとけ言うとんねん!」

一氏は照れくさそうに口を尖らせてまた黒板に向き直った。言い逃げかおい。わたしはぎゅっと唇を噛み締めて今のこの表情を誰にも見られないように教科書の中に押し込んだ。

一氏のばかやろう。あんたに励まされるのが一番つらいんだよ。

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