Darlin' | ナノ


ひとひらの花(1/5)

夏の暑さが本番を迎えた8月のある日。


私が今いるのは、都内のとある高級ホテルのスイートルーム。


夕方、やっと強すぎる日差しが和らいできた頃にテラスからの眺めを楽しんでいると、部屋の中から春が私を呼ぶ声がした。


「みのり」


「春?」


心地いい風が、背の中ほどまである私の髪を揺らしていく。


それを軽く押さえながらテラスと繋がっているリビングを振り返ると、ちょうど春が両手にグラスを持ってテラスに出てくる所だった。


「ほら、ルームサービスのアイスティー」


すぐ側までやって来た春が、右手に持っていたグラスを私に差し出す。


「ありがとう」


ニッコリ笑ってグラスを受け取った私に目を細めて、春は自分も左手に持っていたグラスに口をつけた。


私のアイスティーよりも色の濃いそれは、確実にお酒だと思う。


だけど春は、まるで水でも飲むみたいにそれをゴクゴクと飲み干してしまう。


(‥‥‥‥‥)


あっという間に空になったグラスを見ながら、私は思わず笑ってしまった。








今日、私と春がこのホテルにいるのは仕事の為じゃない。


何とか確保したオフを利用した春の家族サービス、というか『神堂家の一家団欒』に私がお邪魔しているのだ。


今回春が家族を招待したのが、この高級ホテル。


会員制の娯楽施設が充実していて、限られた人しか入れないプールやアミューズメントパークを売りにしている事でも有名なホテルだった。


『そこでなら、俺も人目を気にしないで未来や弟達と一緒に過ごせるから』


先月。


彼のお仕事用マンションに二人でいた時に、そう呟いていた春。


普段から決して饒舌ではないけれど、その時の春の表情は家族への愛情に満ちていて。


だから私も。


『せっかくのオフを一緒に過ごせなくて淋しい』なんて言っちゃダメだって自分に言い聞かせてた。


そんな私に、


「みのりさんさえ良かったら、遊びにいらして?」


と提案してくれたのは、何と春のお母さんで。


もちろん、私に断る理由なんてない。


こうして私は、淋しいどころかいつも以上に賑やかで楽しい夏休みを過ごす事になったのだった。



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