Darlin' | ナノ


耳朶を焦がす魔法(1/4)

音楽業界内でも評判の高い、とあるスタジオ


今日はそのスタジオで、私とJADEのコラボ曲を集めたアルバムのレコーディングが行われていた






(うわ、もうこんな時間なんだ‥‥)



壁に掛けられた時計は、既に午後10時を回っている



このスタジオにも、今はもう春と私の二人だけだった



「‥‥‥‥‥‥‥」


ソファに座っている私の視線の先にあるのは、アレンジ作業に没頭する春の真剣な横顔




夏輝さん達に背中を押される形で居残ってはみたものの、作業に集中している春は私がいる事に気付いているかすらも怪しくて




(私も何か手伝えたらいいんだけど‥‥‥私が出来る事って‥‥あ、そうだ!)



しばらく考えを巡らせていた私は、集中している春の邪魔をしないようにそっと部屋を後にした



***




コポコポとお湯が沸騰する音がして、給湯室に香ばしいコーヒーの香りが立ち込める


「えっと、後は‥‥あった!」


サイフォンをセットし終えた私が部屋の一番奥にある冷蔵庫から取り出したのは、今日の昼休みに差し入れでもらった和菓子の箱



「確か春、お昼もほとんど食べてなかったもん‥‥お腹空いてるはずだよね」


綺麗な和紙で装丁された小箱を手に、私が呟いたその時



「いや、それほどでもない」





「‥‥‥え?」



私以外誰もいないはずの空間に、不意に響いた声に驚いて振り返ると



「春!?」


いつの間にやって来たのか、春が入口近くの壁に背を預けて立っていた




「アレンジが一段落ついて‥‥そうしたら、みのりの姿がどこにも見えなかったから」


そう言って、意味ありげに微笑む春



「俺に黙って、帰ってしまったのかと思った」



「あ‥‥」


わずかに切ない響きを含んだ低い囁きに、私はその場に固まってしまう



一方、そんな私の傍までやって来た春は私が手にしていた箱をヒョイと取り上げた




そして―――




.
気が付くと、私は春に抱き締められていた



いつもよりちょっとだけ熱い、大きな手が私の肩を包み込む



トクン、トクン


二人の体が更に密着すると、春の鼓動を間近に意識して、私の心臓は途端に煩く騒ぎ始めた



「あの‥‥は、る?‥‥‥んっ」



私を腕の中に閉じ込めたきり、何も言わない春の長い指が私の顎に触れた


と、思った時には唇を塞がれていた



「あっ‥‥ん‥‥‥はぁ‥‥んんっ」



「みのり‥‥今日一日、ずっとこうしたかった」



わずかに唇を離して、春が囁く



「そんな‥‥だって春、そんな素振り一度も」



「みのり、自分で気付いてなかったのか?」



私の言葉を遮って、春が問い掛ける



「え?」



目を丸くする私の目の前で、春はおおげさに嘆息してみせる



「レコーディング中にも、みのりは何度もそんな目で俺を見ていたからな‥‥‥‥それを全部なかった事に出来るほど、俺も枯れてない」



「そ、そんな目って‥‥」


(私、一体どんな顔してたの!?)



心拍数が一気に跳ね上がって、頬がこれ以上ないくらいに熱くなる



「みのり、俺を見て」



「あ‥‥」



恥ずかしさにあちこち視線をさ迷わせたけれど、すぐに私を射抜くように見つめる春の濡れた瞳に捕まってしまった



「俺も、ずっと会えなくてもどかしかった‥‥‥」


「え?」


春の言葉に、思わず目を見張る



まるで輪郭を確かめるみたいに、ゆっくりと私の頬を滑っていくその指先



「‥‥‥信じられない?」



くすぐったくて私が少しだけ体をよじると、春はスッと目を細めた




「今はこんな傍にいるのに‥‥‥他の奴らの手前、君に触れる事も出来なくて、どうにかなりそうだったよ」



言い終わると同時に、また重ねられる唇






差し入れられた春の舌は、躊躇する事なくすぐに私の口内を蹂躙し始めた


「‥‥‥っ」


歯列を優しくなぞったそのすぐ後で、強引に絡めた舌を強く吸われる



ピチャピチャと、微かに聞こえてくる水音に私の頬はどんどん紅潮していった



(今日の春、何だか‥‥‥)



そんな言葉を、霞み始めた頭の片隅でぼんやり思い浮かべた


けれど、その間にも春から与えられる熱は更に激しくなって‥‥




春の舌に口内を、卑猥な水音に耳を執拗に侵されて、私の頭の芯がクラリと痺れた




.
今の私はもう、ここがスタジオの給湯室だという事も、サイフォンにかけっぱなしになっているコーヒーの事も頭になくて





いつもと変わらず、落ち着いて見えた春


その春からは想像も出来ないくらいに荒々しい、それでいて蜜が滴るような甘いキスに、誘われるがまま溺れていった






「みのり」



「ん‥‥‥」


春に抱きしめられている体がくるりと回って、背中を壁に押し付けられる


冷たく冷えきった壁が、今の私のほてった体には心地好かった



「みのり,どうする?」



「ど、どうするって‥‥?」



もう一度、春の唇が耳元で私の名前を紡ぐ



「それとも、みのりはこのままでいい?」


「‥‥っ」


その低音と熱い吐息に、私の体を寒気にも似た感覚が走り抜ける







私の気持ちなんて、とっくに分かってるくせに



それでも『こういう時』の春は、いつも私に言わせようとするんだから



未だに恥ずかしさを捨てきれない私の反応を楽しむ春は、ちょっと‥‥‥‥‥ううん、かなり意地悪だ





まだ呼吸が整わないまま、私は春の顔をまっすぐに見上げる


「ん?」



余裕の表情で笑う春



その肩に置いていた手を首の後ろに回して、そっと引き寄せた



至近距離で二人の視線が絡み合う



「ねえ、春? 全部‥‥‥全部、春の好きにして?」



「!」



私がそう口にした途端


楽しそうに笑みを浮かべていた春の顔が、みるみる赤くなった



「‥‥まったく」



照れ隠しなのか、十代の少年みたいな仕種で髪を掻きあげて



「そういう事を言うと、後で泣くハメになるのはみのりだって、これまで散々教えただろう?」



そう口にした春の瞳には、今更抑えるつもりもない欲望の色が浮かんでいた






春の手と、私の手


固く繋がれたそれは、やがて私と春が更に深く繋がるための楔となって



二人の吐息も、愛しさも



どこまでも熱くひそやかに



誰も知らない漆黒の夜に溶けていった――――





―END―

⇒あとがきあとがきです


今回、久しぶりに春の夢‥‥‥というか芸恋の夢自体、本当にのんびり更新ですみません!m(__)m


とにかく春に愛されたくて、ギュッとされたくて執筆したお話です


こっそり(?)「キス」をテーマにしてみたんですが、下品にならないように、それでいてグッとくる甘さを書くにはまだまだ筆力が足りないようで


これまたのんびりですが、いずれメンバー4人揃えたいな‥‥‥‥ちょっと画策してみようかな、とか


もちろん、その前に長編も頑張ります!(←本当に)



自己満足も甚だしい夢ですが、ひととき楽しんでいただけたら嬉しいです




お題拝借:空想アリア


110306.


[←] [] [back to top]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -