欲しいのは一つだけ(1/4)
11月に入ると、日が落ちるのがどんどん早くなって
まだ午後6時を回ったばかりなのに、濃紺色の空には既に黄色い月が煌々と輝いている
以前から話のあった新しいコラボシングルの製作が正式に決まって、最近はまたJADEの皆さんと一緒に行動する事が多くなった
そして迎えた11月7日、春の誕生日
相変わらず毎日忙しくしていた春だけど
昨日になって、ずっと抱えていた大きな仕事がやっと一段落ついて
今日はスタジオでの音合わせが終わった後、私も久しぶりに春の車で一緒に帰れる事になった
だけど
「ごめんね、春‥‥昨日まで、今日一緒に過ごせるかどうかも分からなかったから何の準備も出来てなくて‥‥」
せっかくの春の誕生日なのに、としょげる私の肩を春の手が抱き寄せる
「特別なものはいらない、ただ‥‥ずっと忙しかったから、今夜は二人でゆっくり過ごしたい」
「春‥‥本当に、それだけでいいの?」
上目遣いで見上げた春は、とても優しい目をしていた
「もちろん、みのりが嫌だと言っても離すつもりはないが」
「春!? ‥‥んんっ」
他のメンバーやスタッフが帰った後のスタジオで、唇に触れるだけの軽いキスを交わしながらそう言ってたから
てっきりスタジオからそう遠くない、春が仕事用に借りているマンションに向かうものだとばかり思っていたんだけど
「あれ、春? 今日はマンションに帰るんじゃないの?」
春の車の助手席で窓の外を眺めていた私は、いつもと違う風景に運転席の春を振り返った
「ああ‥‥その前にちょっと寄りたい所があるんだ」
いつもと変わらない、落ち着いた口調で返して
春はマンションとは逆の方角に、滑らかな手つきでハンドルを切る
「寄りたい所?」
(‥‥って、何処だろう?)
見当がつかなくて、ちょこんと首を傾げた私に一瞬だけ視線を寄越した春は、口元をフッとほころばせた
「大丈夫だよ」
「え? あ‥‥」
やがて赤信号で車が止まると、春は腕を伸ばして私の頭を優しく撫でてくる
.
[←] [→] [back to top]
|