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幸せを奏でる瞬間(とき)(1/6)



「え?まーくん、今なんて…?」


西の空が茜色に染まる時刻。


久しぶりに早く帰ってきた自宅のリビングで、私はまーくんに言われた言葉を一瞬理解しきれずに聞き返した。


「だからっ、『来週、春の誕生日でしょ?』って言ったの!」


「た…んじょうび?」


(誕生日……神堂さんの誕生日っ!?しかも来週って…)


「まさか知らなかったの?もう…しっかりしてよ、春の彼女になったんでしょ」


突然のことに頭の中が真っ白になってしまった私の耳には、不機嫌そうなまーくんの言葉も半分くらいしか届かない。


(お祝いしなくちゃ。あ…でも仕事入ってる。そうだ、神堂さんの予定も聞かなくちゃ……)


「お姉ちゃん?ちゃんと春にお祝いしなきゃだめだからね!!」


「う、うん…」


背中越しに飛んでくる半ば呆れたような声を聞きながら、私はふらふらと自分の部屋へ向かった。








神堂さんと付き合い始めて1ヶ月と少し。


仕事場で顔を合わせることのほうが多い所為なのかまだあまり実感はなくて、覚めない夢を見ているみたいな毎日を過ごしていた。


それでも、時間が取れれば家まで送ってくれたり、頻繁に電話をくれたり、


会話するときの距離の近さも、不意打ちのキス、とか…


今までと少し違う事柄の一つ一つが私を浮き足立たせて、ドキドキして余裕のない私。


神堂さんの隣に並んでも恥ずかしくないようにと、仕事も頑張っている最中で…


自分のことに気を取られてばかりの私は、彼の誕生日を知らずにいた。








「どうしよう…」


ばふっと鈍い音を立ててベッドに倒れこんで、力なく呟いた。


(好きな人の誕生日を知らなかったなんて…)


「こんなんじゃ、彼女失格だよ…」



神堂さんは何を貰ったら喜ぶの?

好きなものは?

集めてるものとか…

当日のスケジュールは?



考えれば考えるほど知らないことばかりが積みあがって、更に気分が沈んでいく。


「はぁ…、私…神堂さんのこと何も知らないんだ……」


大きなため息と一緒に情けない声が零れ落ちた。





神堂さんの誕生日まで


――…あと1週間



.


結局、気の効いたプレゼントもデートの場所も思いつかないままに今日を迎えてしまった。


神堂さんも私も夕方まで仕事で、待ち合わせのあと二人で買い物をして神堂さんのマンションに帰ってきた。


そして目の前のテーブルに並んだ少しの手料理と買ってきた小さなケーキ。





「すみません…ちゃんとお祝いできなくて…」


時間がなくてバタバタと用意した料理は、普段作るものよりは洒落たものにしたけれど、お祝いの席には地味な気がした。



"大切なのは気持ちでしょ?"



夏輝さんに言われてそれでいいんだって思ったけど、今この瞬間にはやっぱり何か足りなように思えて胸が苦しくなる。


(せめて何かプレゼントを買えればよかったんだけどな…)


しゅんとする私の頬に神堂さんの大きな手が触れた。


「…そんなことはない」


フッと柔らかく笑った神堂さんの表情にドキッとして頬が熱くなっていく。


「でも…やっぱり…」


ちゃんとお祝いしたかった…


そう続けようとした私の言葉は唇にそっと当てられた神堂さんの指に遮られた。



「キミが祝ってくれる、それだけで充分…」



言葉と同時に神堂さんの手が肩を掴んでぐっと引き寄せる。


私はあっという間に力強い腕の中に閉じ込められていた。



「俺は…キミがいればそれだけでいいんだ…」



大きな胸に私を引き寄せて頭をぽんぽんっと撫でる大きな手。


その手に込められた優しさに頑なになりかけていた心が解けていく。



「…神堂さん…お誕生日おめでとうございます……」



胸に預けていた紅く染まる顔をあげて、心を込めてお祝いの言葉を口にする。


目が合うとすっと視線を逸らして少し照れたように笑った神堂さんの顔がなんだか可愛く見えて、その表情にきゅんっと小さな音を立てて幸せな気分が胸いっぱいに広がった。








食事を終えてキッチンで後片付けをしている私を、カウンターキッチンの向こう側に座った神堂さんが眺めている。


見られているのはなんだか恥ずかしくて、ずっと下を向いたままカチャカチャと食器を片付けていた。


「…今度一緒に買い物に行こう」


「え?…あ、はい」


突然かけられた言葉に"何を?何処に?"と思ったけれど、なんとなく聞けないまま神堂さんのほうを見ながら返事を返した。


「…食器や雑貨…ここで、キミと過ごす為に必要なものを一緒に選ぼう」




私が訪れたのは今回が2度目のこの部屋には、最低限の調理器具と少しの食器しかいない。


誰にも邪魔されずに仕事がしたいときにだけ使っていたというこの部屋を、『二人でゆっくり過ごすための部屋にしよう』と神堂さんは言ってくれた。


生活感の薄い元仕事部屋は神堂さんらしいなと思うけれど、どこか寂しくて冷たい感じがする。


だから…二人で一緒に過ごすこの部屋がもっと暖かな場所になればいいと、そんな場所にしたいと少しだけ私の中の欲が顔を覗かせた。


(…こんなこと考えて…私って意外とずうずうしいよね……)


頭を過ぎった戯言に苦笑しながら珈琲を淹れると、香ばしい香りが部屋を満たしていく。



「買い物、楽しみにしてますね」


そう言って神堂さんの前にマグカップを差し出した。



.


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