Musician | ナノ


金糸雀の唄を聴かせて(1/6)

いつものスタジオで。


「それじゃ、今日はこのくらいにしておくか」


俺のそのセリフに、メンバー達は肩を上下させて大きく息を吐いた。


「よっしゃ〜、今日も一日終わりっと」


「雅楽、親父クサイ」


「んだと瑠禾!」


「まあまあガッくん落ち着いて」


「櫂、テメーもガッくん言ってんじゃねえよっ」


汗を拭いたり楽器のメンテをしながらも、相変わらず賑やかなチビッコギャング達。


その様子を耳にしながら、俺はミネラルウォーターを片手にスタジオ内を見渡した。


けれど。


その視線の先にちとせの姿は、ない。


(‥‥毎日毎日、いい加減女々しいな俺も)


つい自嘲めいた苦笑を浮かべてしまう。


「‥‥‥‥‥‥」


そんな俺の様子を櫂が見ていた事なんか、この時の俺はまったく気付いていなかった。







ちとせに、エマノンとの新しいコラボ企画が持ち掛けられたのは二週間ほど前。


その企画は、まだそういう話があるというだけだったのだが。


ちとせの「スケジュールが可能ならぜひ!」との言葉に後押しされて、その数日後には正式なプロジェクトとして始動していたという代物だ。


まさにとんとん拍子に事は運んで。


一週間ほど前からは、エマノンとの合同練習に参加しているちとせとはすれ違う毎日が続いている有様だった。


(つまり、事務所としてはちとせの言葉は渡りに舟だったって事だよな‥‥)


事務所や社長には恩を感じているし、出来る限りの事をしたいと思ってはいるけれど。


今回の企画に対するあまりの手際の良さに、俺の心中は穏やかではいられなかった。


(‥‥‥‥‥‥‥)


心の奥底に押し込めたはずの感情が、また俺の心を侵食し始める。


けれどそれは、トロイメライのリーダーである俺が絶対に口に出してはいけない言葉だ。


‥‥‥‥‥こんな時の解決策を、俺は一つしか知らない。


「あれ、龍。今日はずいぶん早いんだね」


手早く着替えを済ませて荷物を手にした俺に、目を丸くした櫂が話し掛けてきた。


「ああ、ちょっと野暮用があってな‥‥‥それじゃ、お先に」


「あ、龍‥‥!」


言うが早いかさっさと歩き出していた俺には、櫂が慌てたように俺を呼び止める声は聞こえていなかった。




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