ジャズを聴きながら(1/2)
四月も下旬に差し掛かったある日。
昼過ぎに某テレビ局での単独の仕事を終えた俺は、ちとせと待ち合わせの約束をしている喫茶店へと向かった。
テレビ局や有名ブティックなどが建ち並ぶ、賑やかな大通りから細い路地に入って数分も歩くと。
きちんとした看板すら出していない、知る人ぞ知る喫茶店がある。
木造の、山小屋風の外観。
飴色に磨かれたテーブルや椅子。
店の奥には、今時珍しい年代物の大きな振り子時計がゆったりと時を刻んでいる。
数年前、事務所のスタッフに『美味いコーヒーを出す店がある』と教えてもらったのが最初だけれど。
「一日中、大好きなジャズを聴いていたくてこの店を始めたんですよ」
と言って柔和な笑みを浮かべるマスターの人柄にも惹かれて、今では俺も月に一度は訪れるほどの『なじみの店』になっていた。
店に入ると、カウンターの中で洗い物をしていたマスターが俺に気付いて顔を上げた。
「いらっしゃいませ。……おや、龍さんでしたか。お好きな席にどうぞ。……いつもの銘柄でよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
マスターに軽く会釈しながら、俺は一番奥の窓際のテーブル席に腰を下ろす。
ランチタイムが終わったばかりだからか、店内には他の客の姿はない。
コーヒーが運ばれて来るまでのひととき。
俺は静かに流れるジャズを聴きながら、何となく窓の外を眺める。
大通りはあれほど人や車が慌ただしく行き交っていたのに、まるでこの店の周囲だけは時間が止まってしまったかの様に穏やかだった。
その心地いい穏やかさの中で。
俺は今頃この店に向かっているだろうちとせのコトを思って、そっと笑みを浮かべた。
彼女がこの店に来るのは初めてだけど、俺と同じ様にきっと気に入ってくれる。
なぜか、そう確信していた。
→あとがき
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