Musician | ナノ


反論さえ呑み込んで(2/3)

練習が終わってから、私と櫂は街の高台にある公園にやって来た。


昼間はいつもたくさんの人で賑わっているこの公園も、夜の8時を回った今はとても静かで。





「ねえ櫂、どこまで行くの?」


駐車場に車を停めてから、櫂は私の手をとってこの人気のない公園の奥へ奥へと向かっている。


この先に一体何があるのか。


さっきから何回質問してみても、櫂は『もうちょっとだから』と笑うばかり。


だから私は、早足で進んでいく櫂に置いていかれないように一生懸命についていくしかなかった。





『ちとせに練習を頑張ったごほうびをあげるよ』


二人で暮らす櫂のマンションに帰る途中、方向転換してこの場所にやって来た私達。


最近は仕事が忙しくてデートらしいデートなんてしばらくご無沙汰だったから。


これからどこに連れていってくれるんだろうって内心、ちょっとワクワクしてた。


だけど。


ここは地元の人達に森林公園と呼ばれているだけあって、冬へと向かうこの季節でもメインストリートには常緑樹の木々が巨大な自然のトンネルを作り出していて。


そんな場所だからなのか、常夜灯も十分に設置されているはずなのにひどく寂しい感じがする。


(さすがにこれは、いくら櫂と一緒でも‥‥)


そう思った時、ふっと私達の回りを取り囲んでいた闇が晴れた。


同時に、「着いたよ」という櫂の声。


「え?」


途中からあまりの寂しさにずっと下ばかり見ていた私は櫂の言葉に顔を上げて‥‥‥‥息を飲んだ。





トンネルを抜けたその先は、眼下に広がる街並みを見渡せる展望台になっていたらしい。


私の胸の辺りまであるフェンスの向こう側にあるのは、まさに煌めく光の海。


赤や緑を始め、青に黄色、ピンク、オレンジや紫などの色があちこちで輝いている。


「う、わあ‥‥!」


フェンスの傍まで駆け寄ってまばゆい光景に見とれていると、私の隣にやって来た櫂に優しく肩を抱き寄せられた。


「ちとせ」


(あっ‥‥)


すっかり夜景に夢中になっていた私は、突然身近に感じられた櫂の温もりに頬が紅潮してしまう。


「良かった、気に入ってもらえたみたいだね?」


耳元でささやかれる言葉にも、小さな子供みたいにコクコクと頷く事しか出来ない。


それなのに、そんな私の動揺に確実に気づいているだろう櫂は、私を抱き締める腕に更に力を込めてきて。


「!」


おかげで櫂の胸にいっそう密着する形になった私に、櫂がもう一度ささやく。


「今の時期はいつもの夜景に加えて、クリスマス用のイルミネーションも街中に飾られているからね」


そして私を抱き締めているのとは反対の手を私のあごに添えて、そっと上向かされた。


「櫂?」


私の視線の先で、櫂が艶やかに笑う。


「それなのに、夜はけっこう冷えるから滅多に人も来ないんだ」


「‥‥‥‥‥‥」


それって、もしかしなくても。


けれど、私が口を開く前に私の唇は櫂のそれで塞がれていた。


「んっ‥‥んん‥‥‥‥あっ‥」


「ちとせ‥‥‥‥」


深く重ねられた櫂の唇から与えられる熱が、指の先まで伝わって私の体をしびれさせる。


肩を抱いていた櫂の腕はいつの間にか腰に回されていて、足元がふらつきそうになった私の体を支えてくれた。





「‥‥‥‥‥櫂のイジワル」


長い長いキスの後。


櫂の胸に頭を擦り寄せながら言った私に、櫂は意味深な笑みを浮かべる。


「あれ、ちとせは嫌だったの?」


「う‥‥‥‥」


口ごもる私の頬を、櫂が指でチョンとつつく。


「ね、答え聞かせてよ?」


「‥‥っ」





光の海に照らされて、もう一度二人の影がひとつに重なる。





もうすぐ12月になる夜の中、私達はピタリと寄り添ってお互いの熱を分けあっていた。





→あとがき

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