きみは無垢な誘惑者(2/4)
このバラ園で撮影するのは、スタジオでの演奏シーンの間に流れるごく短いショートストーリー。
『デート中にここを訪れたカップル』を想定して、メンバーそれぞれと計4パターンを撮影する事になっている。
当然、私はそのすべてに出演する訳で‥‥‥。
(うぅ、やっぱりいざ本番となると緊張しちゃうよ〜‥‥)
新曲のPVだから必要なのは映像だけ。
セリフは一切ない、というのが果たしていいのか悪いのか。
少し離れた場所で瑠禾一人のシーンが撮影されているのを眺めながら、私は胸を押さえて深呼吸を何度となく繰り返していた。
「大丈夫‥‥大丈夫‥‥」
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「‥‥‥えっ!?」
ふいに笑いを堪えたようなつぶやきが聞こえて、慌てて顔を上げる。
と同時に、私の右肩に手が置かれてグイッと引き寄せられた。
「きゃっ、櫂‥‥?」
![](//static.nanos.jp/upload/s/spiralxxx/mtr/0/0/201308042204560.jpg) *illstlation:白夜*
見上げた先にあったのは、櫂のいたずらっぽい笑み。
驚いて体に力が入っていた私は、その優しい眼差しとぬくもりにホッと息を吐いた。
そんな私の様子に、櫂はニッコリ笑って肩に回した腕にさらに力を込める。
「そうそう、ちとせちゃんはそうやって笑ってるのが一番だよ‥‥リラックスリラックス、ね?」
「もう、櫂ってば‥‥」
大好きな櫂の笑顔に思わず私も笑顔になりかけて‥‥‥ハッと我に還った。
「だ、ダメだよ櫂! 今は仕事中なんだから‥‥」
慌てて密着していた櫂の胸を押すと、あっさりと腕は離れた。
「別に、誰も見てないよ?」
撮影が行われている方に視線を走らせた櫂が言うのに、私は頬を膨らませる。
「そういう問題じゃないの!」
その時、ちょうど瑠禾の撮影が終わったらしく、立ち止まって見守っていたスタッフ達がバタバタと動き出す。
「あ、私も行かないと‥‥」
「確か、次は雅楽とのシーンだったよね?」
くるりと体の向きを変えた私の背中に、櫂が問い掛けた。
「うん、迷惑かけないように私も頑張らないと‥‥きゃっ!」
ニッコリ笑ってそう言った私を、ふいに櫂が背後から抱きしめる。
そして、私達のすぐ後ろにあった背の高いバラの生け垣の陰に素早く移動した。
「か、櫂?」
「‥‥‥‥迷惑、ね‥‥雅楽にとっては“役得”の間違いじゃないの?」
「‥‥え?」
いつもの櫂らしくない低いつぶやき。
私は思わず聞き返したけれど、櫂はただ私の体を強く抱きしめるばかりだった。
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