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伏兵、あらわる?(1/1)

長州との同盟を目前に控えた今日


我が薩摩藩邸内でも、すべての者が一斉に着物から洋装の隊服へと衣更えを行っていた


そんな中


私室で着替えも断髪も済ませた私は、小娘が一人で後片付けをしているはずの大広間に足を向ける




「男ばかりが集まって着替えている場所に、小娘を一人で放り込めるものか!」


『自分も何か手伝いたい』という小娘の言葉を一度は切り捨てた


けれど、ふと思いついて大広間の後片付けをやらせてみる事にしたのだ





藩士達が脱いだ着物の数も断髪した髪の量も、半端なものではない


(小娘は今頃一人で右往左往している事だろうな‥‥)


その小娘が、様子を見に来た私にどういった反応を見せるのか‥‥そう考えると、自然と口元が緩む


「やはり、小娘を薩摩藩邸に引き取ったのは正解だったな」





しかし


上機嫌で大広間の障子を引き開けた私の前に広がっていたのは、すっかり片付けられたいつもと変わらぬ室内だった


「なっ‥‥」


「あ、大久保さん!」


さすがに絶句してその場に立ち尽くした私の元に、箒を手にした小娘が駆け寄ってくる


「‥‥‥‥小娘」


「はい?」


まさかとは思ったが、念のために問うてみる


「あれだけ散らかっていたのを、一人でこの短時間でどうやって片付けたのだ?」


「いえ、西郷さんが」


「は?」


私の心中の動揺などまったく気づいていないはづきは、満面の笑顔で続ける


「偶然通り掛かった西郷さんが手伝ってくれたんです‥‥西郷さん、すごく優しくて、いろいろ助けてもらっちゃいました」


『気は優しくて力持ち』って西郷さんみたいな人の事を言うんですよね‥‥‥‥って、大久保さん?


小娘が訝しそうに見上げてくるのも、敢えて気づかぬ振りをした





(おのれ、隆盛‥‥)


私の中で、昔馴染み相手にふつふつと身に覚えのある感情が込み上げてくる


そうだ、あいつは薩摩にいた頃からそういう奴だったな


(事あるごとに、その人の良さで私の楽しみを奪いおって‥‥‥‥!)


しかも、京に入ってわずか数日で小娘まで懐柔するとは





せっかく小娘をこの薩摩藩邸に引き取ったというのに


これからは坂本くん達や長州藩の二人だけでなく、隆盛にも気を配らねばならんのか





‥‥‥‥もはや、八つ当たりでも構わん


「小娘」


「はい?」


「この大事な時期に、よくも厄介事を増やしてくれたな」


「え‥‥‥ええっ!?」


訳が分からず慌てる小娘に、私は意地の悪い笑みを浮かべてみせた







長州藩邸での、とある日の八つ時


「いって――っ!!箪笥の角に小指ぶつけたー!」



「「‥‥‥‥‥‥」」


高杉さんが藩邸中に聞こえるような大声を上げるのに、私と桂さんは顔を見合わせてため息をつく



「晋作‥‥‥‥どうしたらそんなに頻繁に、小指ばかりをその箪笥にぶつけられるんだい?」


「そうですよ、高杉さん!いつかホントに指が取れちゃいますよ?」


「全くだね」


うんうん、と生真面目な顔で頷く桂さん






いやはや、慣れとは実に恐ろしいもので


湯飲み茶碗を片手に、どこまでも冷静な私と桂さん


そんな私達を高杉さんはキッと睨みつける



「うるさいっ!‥‥お前ら、これがどれだけ痛いか知らないからそんな事が言えるんだっ!」



「いや、想像は難くないよ?」


一切の反論を許さない、その完璧な笑み


「けれど残念ながら、ぼくとはづきさんはそれを体験する機会には全く恵まれなくてね」



(うわあ、何か今日の桂さん、いつも以上に容赦ない‥‥)


あくまでも涼しい顔の桂さんに、高杉さんが眉をつり上げる


「言ったな、小五郎!‥‥‥だいたい、この箪笥がこんな所にあるのが悪いんだ!」


「‥‥だったら模様替えとかしてみたらどうですか?」


「「‥‥‥‥‥‥」」


「え?」


カッコーン!


‥‥‥‥庭のししおどしの音がやけに大きく響いた








そして数刻後


ぱんぱん、と手に付いた埃をはたいて部屋の中をぐるりと見渡す


「だいぶすっきりしましたね!」


達成感に溢れる口調の私の頭を、桂さんがポンポンとしてくれた


「そうだね‥‥女性のはづきさんにまで手伝わせてしまってすまなかったけれど」


「いえそんなっ!気にしないで下さい!」


途端に赤く染まっていく頬を隠そうと俯いた私の耳に、


「そんな所も可愛らしいね」


底無しに甘い囁きが注がれる


「//////」






「‥‥‥‥‥‥おーい」






「だけど、これでもう高杉さんの絶叫が藩邸に響く事はないんですね!」


「ってこら、はづき!そこは俺が痛くない事の方が重要だろう!‥‥‥‥最近のお前ら、俺に冷たいぞ!」



「そうかな?」
「そうですか?」


私と桂さんの間に割り込むようにして声を張り上げる高杉さんに、私達は目を細めた





そして翌朝


「いって――っ!!箪笥の角に小指ぶつけたー!」



‥‥‥‥‥‥‥‥今朝の叫び声がいつもより三割増しくらいに聞こえるのは、何でだろう


「ねえ、桂さ‥‥‥」


同意を求めて見上げた私は、中途半端な姿勢で固まってしまう







「昨日の我々の労力は一体‥‥‥‥‥‥‥こうなったらもう、箪笥が先か小指が先か‥‥‥‥」


ゆらり、と音もなく立ち上がる桂さん


「か、桂さん!?‥‥‥‥高杉さん、逃げてー!!」



「はづき?お前なあ、この足で走れるわけ‥が‥‥‥‥‥‥‥ぎゃああああっ!」



長州藩邸は今日も平和です‥‥‥‥‥多分






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