寄せ鍋と寄らぬ距離

明日は雪絵ちゃんとやらの結婚式だ。
午前中だけバイトをした明依は美容院とネイルサロンに寄ってきて先ほど帰宅した。
流行りの前髪にしたよー!見て見てという明依。
テレビを見ても雑誌を見ても別になんとも思わなかったそれを明依がしたら髪の隙間から見え隠れするおでこがすごく可愛いと思った。
長かった髪は15cmほど短くなり肩下で内巻きのパーマがかかっている。
似合うよ、と褒めればこれも見てと明日のパーティードレスに合った品のいいピンクベージュとパールのネイルが短めの爪に施されていた。

黒尾が押し掛けてきたあの日からなぜだか貸したジャージは明依のものになっていて家に帰るとすぐ、そのジャージに着替えていた。
余所行きの髪も爪もジャージとはミスマッチだけど、その緩みきった格好がなぜか俺をひどく安心させた。

『衛輔お母さん、今夜のご飯は何ですか?』
「お母さんじゃねーよ。鍋。器と箸出しとけよ。」
『はーい。』

いただきます、とテーブルを囲んで何日になるだろう。
もうコイツと飯を食べることが当たり前になってしまっていない事が不自然になってしまった。
もともとほとんど一緒に時間を過ごしてきたせいか、一緒にいなかった大学2年間は俺達にとっては不自然だったのかも知れない。

「雪絵ちゃん、結婚すんの早いよな」
『ん、でも高校から付き合ってるしね。相手結構年上だし。雪絵短大卒業したし、いまがいいタイミングなんじゃない?』
「そうか?」
『えー?そうじゃない?あ、旦那さんのこと多分衛輔もしってるよ。』
「マジか。」
『うん。梟谷にたまに来てた外部コーチ。合宿にいたこともあったじゃん。』
「アイツ?アイツと付き合ってたの?」
『そうだよー!あ、この肉団子美味しいね!』
「だろ?」
『白菜もトロトロ!天才だね!』

いつもと同じように、時間が過ぎていくのだとばかり思っていた。
夕食を食べ終わって、片付けにたった彼女を「ネイルしてんだから俺がやる」と制し、彼女はそれに従った。

それは唐突だった。


『そろそろ、家探さないとな…』
「え、ああ」

いつまでも続くわけはなかったのだ。この穏やかな生活も。
俺だってしばらくって言ったじゃないか。はじめから期限付きだって分かってたはず。

『いつまでも衛輔に迷惑かけるのもあれだしね。』
「ああ、まあな」

これからまた、会わない生活に戻るのだろうか。
何も理由がなくても会える日々は終わるのだろうか。
近くにいるのに明依の声が遠くに聞こえた。


『それでね、明日の結婚式でね、雪絵の旦那さんの友達をね紹介してくれるって言ったんだけど、』

「は?お前は結局新しい男が欲しいわけ?」
『え?』
「だから急に出てく気になったわけ?そうだよな、男の家に居候してたら彼氏もできないしな。」
『そうじゃな……』
「どうせまたロクでもないやつと恋愛すんだろ?勝手にしろよ」
『そんなの!衛輔には言われたくない!』
「俺だってお前にそんな事言われたくねぇ。」

勝手にしろよ吐き捨てて携帯と財布をつかんで家を出た。
八つ当たりだとわかっていた。
それでも寂しいと感じているのが俺だけだと思うとやりきれない気持ちになった。

待って、と言う声と明依の悲しそうな顔が玄関を閉じるときに見えたけれど走ってそれを振り切った。


上手くいってると思った。
今度こそは、きっと伝えられると思っていた。
昔より近い距離になった。
それは俺だけの思い上がりだったのかもしれない。
     
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