マシュマロ入りのココア

「衛輔ぇ…」

話は午前0時50分に遡る。
バレー部の飲み会で二次会が終わり、これから三次会という時に俺はいいやと離脱して帰宅。玄関のドアを開けた。
ポケットに入れっ放しだった携帯を開くと不在着信が3件あって、3件とも明依だった。
慌てて折り返し電話をかけると留守番電話サービスに繋がった。
それからビールを開けて、酔った頭で明依のことを考えて、今度こそは何とかしてやろうと決意したわけだけど具体的にどうしたらいいのか分かんねぇなとグダグダ考えていたら部屋のインターフォンが鳴った。
それが1時12分。

こんな時間に訪ねて来る非常識な奴は何人か心当たりがある。終電を逃したと騒いで駅が近い俺んちにやってくる黒尾と、春から大学生になるリエーフ。たまに同棲中の彼女から喧嘩して追い出された木兎。

今日は誰だと玄関を開ければそうだコイツを忘れていた。明依だ。


ただいつもと違ったのは大きなボストンバッグが握られていた事。
チェーンを外して玄関に入るように促すとボストンバッグを放り落として抱きついてきた。

一瞬で察した。
こいつ、また振られた。

とりあえず入れと部屋に促して酔いの回る頭であいつの好きなココアを入れてやる。
昔うちで貰い物のマシュマロ入りのココアを飲んでからすっかり青いパッケージのそれに虜だ。
俺は飲まないのに常備してるあたり重症だ。

そしてそのココアを一口飲んだところで堰を切ったように話し始めた。


『浮気してたの。浮気。』
「そーかよ。」
『今日バイトだったんだけど、人少ないから早上がりになってね、部屋に戻ったらねエッチしてた。』
「それはキツイな。」
『でしょ?だからもう別れるって言って出てきた。』

まあまあありがちな浮気発覚シーンだ。
俺としては訪ねて来てもおかしくない女がいるような状況下でほかの女とセックスする神経が分からない。

『でね、帰る家がないの』
「は?」
『一緒に住もうなって言われてアパート引き払ったの、先週。』
「はぁ?」
『同棲1週間もしないで浮気ってありえないよね。』
「じゃあ実家に帰れよ。」
『あれ?衛輔知らなかったの?お父さん脱サラして自分の実家に帰ったんだよ。おじいちゃん倒れたからかわりに農家継ぐんだって。群馬だよ。こんにゃく芋作ってんの。』
「じゃあ尚更どうすんだよ。これから。」
『引越ししてお金もないんだよ…だからさ…』

嫌な汗が背中をツーッと伝った。
つまりそういう事だろうか。

ああ、改めて正座をしている。
こちらを上目遣いで見ている。
泣き止んだばかりの目がまた潤んでいる。
コイツはコイツで俺がどうしたら自分のお願いを聞いてくれるかよーく分かっているってわけだ。

『しばらくここに置いてください。』


こいつは俺がダメと言えないことを分かっている。
そして俺も、それがわかっているのにダメと言えないバカだ。
現に衛輔が電話に出ないからしばらく漫画喫茶にいたと聞けば飲み会に出たことを後悔するくらいにはバカだ。


俺がため息と一緒に「しばらくな」って言えば大好きな満面の笑みで『衛輔大好き!神様!』って言ったからまんざらでもない気持ちになってしまって自分で自分に呆れた午前2時。

言うだけ言ってスッキリしたのか俺がトイレに立って戻ってきてみればカーペットに横になって既に寝息を立てていた。
寝つきの早さは黄色いポロシャツのメガネのキャラクターよりも上だ。おやすみ3秒はまさにこいつのためにある言葉だとおもう。



結局事の重大さに気づいて悶々とした時には既に色々遅くて、嗚呼、これが質の悪い夢だったらなと何度目かわからないため息をついて電気を消したのが現在である。
     
  ▲back