幕開けは流しにビール

幼馴染みがいる。
それもそんじょそこらにいるような幼馴染みのレベルでない。
生まれる前から一緒だったのだ。
高校の同級生だった俺と明依の母は同じ時期に結婚してしかもたまたま棟違いの同じアパートに住んでいて、同じ時期に妊娠した。
生まれた病院も一緒でなんと誕生日も同じ。
ホントはあいつの方が生まれるのが1ヵ月以上先だったんだけど、俺がだいたい生まれた時刻に明依の母親が産気づいて、日をまたぐギリギリ前にこの世に生まれてきた。
ここまで来たら運命だと父親たちも騒ぎ出して、結局新興住宅地に2軒揃って隣同士に家を建てた。

こうして良くも悪くも大人達のノリの良さと運命のイタズラによってもたらされた人生はどこのページもめくっても隣に明依がいた。
それこそお宮参りからお食い初め、1歳の誕生日。
そんな頃から写真の中では二人一緒であった。
仕事が忙しかった俺の親父に代わって様々なところへ連れていってくれたのは明依の父親だ。
親父さんのことは今でも大好きだ。そんな親父さんから「明依のこと、頼むな」と言われてしまったからには幼い使命感が心にやどりいつでも明依の側にいた。

俺だって大して大きくならなかったけれど、明依はその下をいく。
生まれた時からずっと成長曲線の下限に沿うようにゆっくりとした成長だった。
そのせいか明依の両親も俺の両親も、俺もとてもとても明依を甘やかしてしまった。
だからあんな鈍感でゆるい性格になってしまったのだと後悔している。

それでも明依への使命感が恋に変わったのはいつだったのかもう思い出せない。
だけど幼稚園でも小学校でも中学校でも高校でも、心の中に居たのは明依だ。
そして大学生の今も明依が好きだった。

明依は本当に馬鹿だから近くにいてずっと想っている俺がいるというのに、ちょっと「好きだ」と言われればホイホイしっぽを振って男に付いていく。そして傷ついて帰ってくる。
慰めるのが俺の仕事みたいになってしまった。

だったらこっちだってと彼女を作ったこともある。
だけどそのときの明依の落ち込みようったら見てられなくて結局3ヵ月で振られてしまった。


部活の奴らにはさんざん馬鹿にされたけど、それでも一歩勇気がでないのは幼馴染みという枠に既にハマっているからだろう。
結局何も出来ないまま、ついこないだ成人式を迎えた。

悶々とした10代が終わった。
20代こそは何とかしてやる。そう決意して冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと開けたのが午前1時。



そして現在午前2時半。
何故か大きな鞄一つと黒い涙を流した明依が一人暮らしの我が家のカーペットの上に寝ている。
風邪引くぞ、と声をかけても起きる様子が無いのでため息をついてベッドから羽毛布団を掴んで掛けてやる。

飲みかけのまますっかりぬるくなったビールを飲み干せるほど酒は好きじゃないので仕方なく流しに捨てた。
はぁ、とため息をついて俺は電気を消してベットに体を投げ出し薄い毛布にくるまった。
     
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