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水撒きが終わっても西谷くんは現れなくて、仕方なく第二体育館へ向かう。
普段、体育の授業は第一体育館でやるので私はそちらへはじめて向かった。中からはまだ部員のひとが自主練習だろうか、大きな声とボールが床に叩きつけられるような音がする。
少しだけ、隙間からのぞくと西谷くんは先ほどあった時とは違い、黒いジャージに白いポロシャツ姿になっていたけれど、コートの中にいた。

「これじゃレシーブ全然出来ちゃうッスよ旭さん!!」
「なあ、西谷悪い!もう1本!」
「だーかーら!俺、人待たせてるんですってば!」
「なんだよ、いつもノヤっさん1番練習したがるじゃねーか。」
「だから今日は待ってんの!早く行かねーと!」
大きいロン毛の怖そうな人と、坊主の…田中くん?と話している西谷くんがいる。

ボールに向かう顔は真剣そのもので、さっき見た幼い笑顔の彼とはまるで違った。迫力も気迫も、もう部活の時間は終わっているのに真剣で、そこにいるのは私の知らない西谷くんだった。私は思わず息を飲んだ。

「あのー……何か御用でしょうか…」
突然後ろから声をかけられて体がビクッとした。「わあ、ごめんなさいごめんなさい、驚かせるつもりとかは全くなくて!あの!その!」と振り返ると金髪の可愛い女の子と黒髪の美人な先輩が立っていた。
「あ、あの…わ、ごめんなさい。あの、に、西谷くんに…用事が…」
「え?西谷先輩ですか?あ!西谷先輩!!!!」
金髪のかわいい女の子がそう叫ぶとすぐに西谷くんはこちらへ走り寄ってきた。

「下條待たせてごめんなー?じゃあ行くか!」
「に、西谷先輩、その人……彼女っすか?」
金髪の女の子はそう言った。

「違う!俺の…先生?師匠?勉強の神様だ!!!課題教えてもらうんだ!」
「そうだったんすかー!」

体育館の中からは「西谷彼女か?!」「ノヤっさんいつの間に!?」なんえ声が沢山してここに来てしまったことの申し訳なさでいっぱいになる。
それでも、みんな仲良くて羨ましいなって思ってしまうのだ。
西谷くんと並んで歩いて「体育館まで行ってごめんね」といえば「なんでだ?俺が遅かったのが悪いんだし!」と笑う。

本当にコートとコートの外では顔が違うんだな。
私の心臓は隣にいる西谷くんにまで鼓動が聞こえそうなくらい大きく高なっていた。