境界線を越えたレゾン




目の前を行く紫色を見詰めながら、帰り道を歩いた。
隣を歩くわけでもなく、ましてや前を行くわけでもない。この人の半歩、または一歩後ろで、鮮やかな紫色と俺にとっては大きな背中を見詰めながら追いかけるのが好きなのだ。


「倉間、」


ほんの少し、気持ち程度に振り返って俺の名前を呼ぶ。丁度吹いた風が紫色の髪を通り抜けてさらさらと流れた。


「なんですか」
「今度の日曜、なんか予定ある?」
「え、…なんでそんな唐突に」


俺が聞き返すと、先輩は前に向き直って人差し指で頬を掻いた。ここからはどんな表情をしているのかは分からないけれど、大体の予想はつく。たぶん、俺と同じ様な表情をしているのだろう。


「いや…もし空いてたらどっか連れて行ってやろうかと思って」
「、マジで言ってんすか」
「ああ」


予想外の展開で顔に熱が集まる。俺はそれを誤魔化すように手で顔を扇いだ。
だってあの南沢さんが自分から誘ってきてくれる事なんて今までにあっただろうか。俺の記憶が正しければ無い筈だ。休日に出掛けたことはあったけれど大抵他の先輩達や神童達も一緒だった。しかし今回は南沢さんの言い草からして恐らく、その、多分、二人だけだ。
嬉しくないわけじゃない。勿論俺は嬉しいのだ。でもそうなると浮かんでくる疑問がある。


「なんで、俺なんですか?」
「は?」
「どうして他の先輩達じゃなくて俺を誘ったんですか?それに俺って、」


先輩より年下で後輩ですし。
俺がそう言うと先輩は一瞬目を丸くして、それから珍しく柔らかい微笑みを浮かべた。それから俺の頭に手をやって俺を前に、つまり自分の隣へ引っ張る。視界の正面から先輩の姿が消えた分、世界が広がった。沈みかけの夕陽が眩しい。


「特別なんだよ、お前は」


一瞬息をするのを忘れてしまい、足も止めてしまった。せっかく隣に並んでいた先輩が先へ行ってしまう。暴れる心臓を必死に押さえていると、恥ずかしそうに笑う先輩が足を止めて振り返った。
俺も釣られたのか急に恥ずかしくなって、赤くなっているであろう顔を隠すようにしてまた足を動かす。先輩も同じく、俺が隣に来るまで待っていてくれたかのように歩き出した。






(一歩踏み出した世界は)
(こんなにも眩しかった)








2011/10/11
南倉!