「…いつまで入ってるつもりですか、おじさん」
バスルームから聞こえる鼻歌と、シャワーの水がバスルームのタイルに打ち付けられる音。差し込んだ朝日はあまりにも陽気で、苛立ちを隠せない僕は、シャワーの音が鳴り終わるや否や、バン、と勢いよくバスルームのドアを開けた。形振りなど構って居られない。僕は今すぐにシャワーを浴びたかったのだ。絶対に一番風呂がいいと駄々を捏ねたおじさんを、一時間も待ってやったのだから。僕にはもう我慢などしてやる義理などなかった。中に足を進める度に肌を掠めていく外気とは違う温かな其れに僅かに肩を竦め、バスタブに張られた乳白色のお湯に脛まで使ったおじさんを横目で見る。定位置に戻されたシャワーの蛇口を捻りながら、貴方が遅いからです、と付け足せば、彼は少しだけ眉間に皺を寄せた。それでも僕を追い出すこと無い彼が、ああ、とか、うう、とかおじさん特有の無意味な声を発しながら、乳白色の其れに身体を沈める。追い出されても出て行く気は無いけれど、受け入れられた気恥ずかしさに、滴り落ちるシャワーを顔から浴びながら、ボディソープに手を伸ばせば、彼と同じ香りのとろりとした其れが掌を滑った。本来ならば泡立てて使いたいところだが、このおじさんの自宅にそんな細やかなもてなしをする物な存在するわけも無く、その名残すら微塵も見当たらない。がさつにも程があるくらいソープとシャンプー、リンス以外何も無いバスルームはこざっぱりとしているのに、何やらごちゃごちゃしているように見えた。其れもこれもきっとこの人が暑苦しい所為なのだろうけど。まあ、不潔では無いだけマシ、という事にして置こう。
「なあ、バニー?バニーちゃん?…おい!バニー!無視するなよ!」
別に無視はしてません、なんですか。と全身に纏った泡を洗い流しながら、鏡越しにおじさんをみる。反転した世界で彼が、アレ取って、と伸ばした人差し指の先にあるのは、紛れもなく歯ブラシで、僕は、はあ、と溜息を吐いた。文句の一つでも言ってやりたいところだが、其れすらも飲み込んで、大人しく彼に其れを差し出す。あれほど、汚いから止めて下さいと言っているにも関わらず、すでに持ち込まれ、しかも歯磨き粉とおじさん専用のマグカップまであるからには、最早、阻止する方法がないと一番知っているのは僕だった。サンキュー、とご機嫌に其れを銜える彼に再び溜息を吐き出して、シャワーの蛇口を捻り、シャワーを止める。目の前には二人にしては完全に狭いバスタブ。しかし、僕は躊躇する事無く、白濁のそれに片足を入れ、おじさんと向かい合うように、身体を沈めた。
「はひーひゃんほ、はひーひゃんは!はひーひゃんほ!」
「止めてください、そういうの。蹴りますよ」
そう言って振り上げる素振りを見せた足先。その先を止めてくれと、沈めながら苦笑いする彼は悔しくも少し可愛げがあるように見えたのは僕の完全な偏見である。それもそうだ。バニーちゃんのバニーちゃんが、とか。訳の分からない事を言って退けるこんな気持ちの悪いおじさんが可愛げがあるように見えるなど。病気でしかない。しかも末期で治る見込みもないなんて、酷い話だ。
しかし、僕も治す気は毛頭ない。案外、潔いもので在りのままのこの状況を受け入れている僕が存在するのだ。だから、この状況なんてその程度のものでしかない。おじさんと二人っきりのバスルームで二人にしては狭すぎるバスタブの中で向かい合って入浴したりだとか。歯ブラシを銜えた彼は唇から零れゆく歯磨き粉と唾液の残骸が乳白色の其れに混ざり合ってしまうのも気にしなかったりだとか。そんな彼の歯ブラシを奪う事も無く、銜えられた其れで彼の真っ白な歯を磨いてやっている僕が存在する事だとか。この光景はすでに、僕にとっては日常に変わっていて、其れが不可抗力で僕の意思にそぐわなかったとしても、僕はもうなくてはならない物になっていた。絶対に認めたくはないし、考えれば考えるほど腹立たしい事この上ないけれど。それでも仕方が無い。そもそもこのおじさんはこれくらいしか取り得がないのだから。
「…おじさん、ちゃんと口開けてくださいよ、磨きにくいです」
「へふにみはいてふれっへはのんへないはろは!」
何言ってるんですか。と顎を掴み上げて、しゃこしゃこ、とおじさんの歯を一本ずつ綺麗に磨いていく。唇から流れ落ちてくる泡立った歯磨き粉を指先で拭って、歯ブラシを押し込むように咥内に突き立てれば、鼻から漏れる息が悩ましく、まるで喘ぎ声のように漏れた。幸いな事に僕の僕は乳白色のそれがモザイク代わりになってくれているおかげで姿も見えない。正にこのお湯の下では僕の僕が立派になっている事に違いなかったが、とりあえずセックスするのだけは勘弁してやろう、と咥内に突っ込んだ歯ブラシをゆっくり、と抜いた。綺麗になりましたよ、と涙目になった目蓋をなぞる。開いた目蓋に唇を落として、朝特有の生え掛けの髭をべろり、と舌先で舐め上げた。
途端に、おじさんの唇から、ぼたりぼたり、と歯磨き粉と唾液が顎を伝ってバスタブに流れ落ちる。汚いなぁ、とぱっくり、開いた口を顎を押さえつけて閉じれば、ふんふん、とまたおじさん語が飛び交った。
「普通に喋ってもらえませんか。おじさん語は僕には理解出来ませんので。ああ、その前に、早くうがいして下さいね。」
次は髭ですよ。と置かれた青いマグカップにぬるま湯を汲み、おじさんに手渡す。僕は僕で今度は彼のの特徴的な髭を綺麗に整えてやるべく、剃刀とシェービングムースを用意するのであった。まあ、見返りなんて物は期待していない。おじさんじゃ、大した物も用意出来そうにないし。高価な物と言っても高が知れている。だから、そんなに美味しくも無い朝食と、今し方綺麗にしたばかりのその身体で我慢してあげます。まずは身体。シェービングの後にでも頂くとします。一回や二回。いや、僕に此処まで奉仕させたんですから、絶対に三回はしてやります。そのあと?さぁ、僕にもどうなるか分かりませんけど。確実に今日と言う日が休日になる事くらいは覚悟しておいて下さいね。

僕を放って長風呂をした罪。あなたはその身を持って償えばいいんです。






バスタブで死にたい








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