君を好きになりたかった | ナノ


二つ折りの真っ白なカードに、懐かしい字が並んでいた。

書かれていたのは日時と、教会の名前と場所の地図。華やかに飾られたそのカードの、「出席します」の文字に俺は丸をつけた。





『ふつー、招待状を手書きで書くかぁ?』

「犬飼隆文様」と並ぶ文字を見ながら、今時アナログな奴、と笑った。

結婚式の招待状。それはもうしばらく会っていない旧友のものだった。

よく俺のこと覚えてたな、と思う。

中学時代の、同じクラスの気の合う可愛い女の子だった。髪の毛がくるん、と丸まっていて、背の低い、いかにも女の子といった感じの子。なのに見た目とは裏腹に、ロックが好きで、甘いものが苦手。いい意味でギャップのあるその性格が気に入っていた。

でもその子を気に入っていた奴なんか他にも沢山いて、勉強できる優等生君だったり、スポーツ万能のイケメン君だったり、…とにかく俺なんか太刀打ちできそうにもないライバル達。

それに、そんな高嶺の花を狙うなんてと、変な意地があった若かりしころの自分。もし告白して振られでもしたら笑い者確定だ。その子との関係も元には戻らない。気まずくなったり、話せなくなったりするよりだったら、何も言わず笑いあってるほうがいい。

そんな風に考えて、あの子への気持ちには気づかないふりをした。

『若かったなー、自分』

昔のことがだんだん蘇ってきて、青い春に想いを馳せる。

自分の気持ちは何も言わずに中学を卒業し、俺は星月学園に、その子は地元の公立高校に入った。

それからというもの、一切会うことは無かった。中学の友達からの電話で、高校で彼氏が出来たらしい、というのを聞いたのが、その子に関する最後の情報だった。

俺はと言うと、星月学園では、…まぁ元々女子一人で縁ないし、大学でも好きになった子はいなかった。

可愛い子は沢山いた。綺麗な子も、優しい子も、沢山いた。でもやっぱり心の底にあったのは「犬飼君は眼鏡が似合うね」と笑ったあの子だった。

それでも、そんな甘酸っぱい昔の想いをどうすることもなく、時は過ぎていった。




結婚式の招待状を眺めて、もし卒業前に告白して付き合ってたら、とか、どこかで再会してたら、とかいろいろ考えた。

そうしたら、今俺は招待状を貰う立場じゃなくて、送る立場だったという可能性もあったのだろうか。

あの子と歩く道は一緒だったのだろうか。

『……あ〜、やめやめ!こんなこと考えたってしょうがないだろ!……ん?』

思わず感傷に浸る自分を引き戻し、早く返事を出して来ようと立ち上がった。

その時、カードの端っこに、小さくメッセージが書かれているのに気づいた。それを読んだ瞬間、俺はただ呆然と立ちすくんだ。



「犬飼君へ。私のこと覚えてる?私、結婚することにしました。只今嬉しくて幸せな気持ちです。でもね…、だからこそ、今ちゃんと伝えとこうと思って…。あのね、私、中学の時本当は犬飼君のこと好きだった。でも、犬飼君はそういう気持ちじなかったの知ってたから言わなかった。最初は告白しなかったことに後悔したけど、でも今は、私の1番の人と巡り会えた。いろんな人との関わりが生んだ結婚だから、犬飼君を好きだったことは後悔してない。私の初恋の人。叶うことは無かったけれど、私の青春を彩ってくれた人。大切な時間をくれて、ありがとう。」



気づくと、涙が頬をつたっていた。

あの子は、好きだという自分の気持ちと向き合ってた。自分は、向き合ってなかった。昔の自分の不誠実さが情けない。

でもあの時の抱いた気持ちは、本物。だからこそ、思う、

『…なりたかったよ、好きに…、君を好きになりたかった…』

素直に、ただ好きになりなかった。意地なんか気にしないで、認めればよかった。好きだと、恋だったと。

自分の落ちた涙がカードの字を滲ませた。馬鹿だなぁ、と自分を笑った。最後の最後で泣かせてくれるんだから。

でも、そういう女の子だ。だから、好きになったんだと思う。他人に優しい、太陽のような子だったから。





その日、丸をつけたカードをポストに出しに行った。

俺も、君のこと好きだったこと、後悔しないよ。そう心で呟きながら、彼女の幸せを願う。

さようなら、初恋の人。

やっと認めた何十年ごしの自分の恋心を、カードに託す。

俺の手から離れたカードはポストに当たって、カコン、と音を響かせた。



















end
2011.10.06

『さようなら』に提出
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