「翔、呼ばれてますよ」


「え、」


「しょう、ちゃ…」



朝のHRの前、トキヤに入り口から呼ばれて振り向けば、美優がぐすぐすと鼻の音をたてながら立っていた。



「美優っ!?」



びっくりして思わず叫んでしまい、みんなの視線が集まるのを感じる。



「どうした?」



尋ねても嗚咽を漏らすだけで何もしゃべらない美優を刺激しないようにトキヤに目で尋ねると、トキヤもわからないと言うように肩を少しすくめた。

美優が泣いている理由が全然わからない。



「おチビちゃん、何レディを泣かせてるんだい」


「あー、ウザいのが来た
…とりあえずどっか行くぞ」



レンが入ると話がややこしくなりそうだから、美優の手を引いて教室を出る。

まだみんなが注目しているのがわかったが、振り向かずに離れていった。




俺と美優はパートナーだ。
それはみんな知っていることだから、二人でレッスン室に籠もっても何も変に思われることはない。

けど実は、誰にも内緒で付き合っている。

バレたら退学。
分かっていても、お互い気持ちを伝えずにはいられなかった。




「ここなら大丈夫か…
どうしたんだ、美優?」



見つけたレッスン室に入ってピアノの椅子に座らせると、近くの椅子を引き寄せて美優の前に座った。


美優は何度も口を開くけど、出てくるのは嗚咽ばかり。



ようやく聞こえた言葉は、


「…翔ちゃんが、」


「俺っ!?」



俺美優を泣かせるようなことしたっけ
今日はしてない
昨日は…してない
一昨日も…してない

聞いた瞬間、頭を駆け巡る。
良いとは言えない頭で、それでも頑張って考えた。

でも、心当たりはなかった。







「…死んじゃう、夢、見た」



言い終わるとすぐに、またボロボロと泣き始める。


目を真っ赤に腫らして、
髪もよく見るとボサボサで、
起きてすぐに学校にきたんだろう。



俺が心臓に病気を抱えてるのを美優に言ったのはついこの間だった。

普段は全然表にださないけど、たぶん不安だったんだと思う。



「美優、」



震える肩を抱きしめて、
ん、と唇を美優のに押し当てる。

美優の甘さの中に、少しだけ涙の匂い。



「…ばーか、俺が美優を置いて死ぬわけないだろ」


「だっ、て…」


「お前がトキヤとかレンに奪われないか、毎日気が気でないし」


「そんなこと…ならな、い」


「つーか俺、お前にものすっげぇ惚れてるから、お前なしじゃ生きていけねぇし」


「あたしだって…」



抱きしめたまま、背中をさすりながら話していたらだんだん落ち着いてきたみたいだ。



「あーぁ、真っ赤に腫らして
どーすんだよ、今日?」



涙を拭うように目元に手を這わすと少し熱をもってて、今日中には腫れは引かなさそうだ。



「…今日は授業出ない」


「…じゃあ俺もそうしようかな
今日は美優が満足するまで一緒にいてやるよ」


「ほんとう…?」


「あぁ!」


「ありがと…」



ふにゃと笑った美優。

泣いたから目は腫れてるし、
鼻の頭は赤いし、

だけど、どうしようもなくかわいかった。


仕方ない。

だって俺は、俺のために泣いてくれてるのを見て、美優を好きになったんだから。




とくべつ

お前の涙は、
とくべつなんだ









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