隣の彼が起き上がったことで意識が浮上して、うっすらと目を開いた。


月明かりで照らされている彼は汗でぐっしょり濡れて、髪はしんなりとしなっている。



「…どうしたの?」



肩で息をし続け、何かに怯えるように一点を見つめる様子に思わず声をかけた。



「…夢を、見たんだ」



ぽつりと呟いた声は僅かに震えていて。

続きを促すように頷いて、落ち着かせるように投げ出されていた彼の手に手を重ねた。

ひんやり、伝わってくる冷たさが彼が人外であるのを語っている。



「…お腹がすいてしかたがなくて、もうどうにかなるんじゃないかって思ったときに、上から人がたくさん降ってきた

我慢できなくてそこらじゅうに落ちた人の血を吸って、吸って、吸い尽くして、やっと正気になったとき、気づいたんだ」



一旦止めて、息を詰める。

目を瞑り、切なげに眉を寄せる彼はまだなお、その夢の恐怖と闘っているようだ。



「降ってきた人がみんな、春乃だったことに」



彼はギュッと、爪の痕が付くんじゃないかというくらい手を握りしめて。


「俺は、春乃を何人も吸い殺したんだ
春乃のためなら、いくらでも耐えられる、と思ってたのに
そう考えたとたん、自分が恐ろしくなって、怖くなって…」



目に見えるほど震える彼はまだ一度もあたしと目を合わせようとしない。



「ツナ、」



呼んでもなお、合わせようとしない彼の頬に手を添えて目を合わせる。

いつもの、ボスと呼ばれているときとは違う、弱々しい顔。



「ごめんね、
最近あまりご飯あげてなかったもんね」


「ちがっ、そういうことじゃ…」



蒼白な顔で否定する彼の首に腕を絡めて引き寄せる。

ほんとに限界なのか、あまり力を使わずとも彼があたしにもたれかかるように倒れてきた。


首もとに彼のふわふわの髪が当たってくすぐったい。



「…いいよ、吸って」


「嫌だ」


「このままじゃ、明日仕事できないでしょう?」


「…嫌だ」


頑なに拒む彼の体はこんなにも限界を訴えているのに。

吸わないままだとほんとに明日倒れてしまいそうだ。


…しかたない、


彼の体を押して向き合うと、薬指を口の前に差し出した。



「指だったら吸いすぎたりしないでしょう
ちょっとでもいいから、吸って」恐る恐る引き寄せられた手は彼の唇に。

ためらいがちに覗いた紅い舌は、青白い顔とのコントラストで妙に艶めかしい。



「…っ」



一度舐められ、わかっていても手を引きそうになるが、手で捕まえられて引けなかった。

そのままぷつり、と歯をたてられて血が流れる。




吸血鬼が実は血を吸ってるんじゃなくて、舐め取っているのだと気づいたのは最近だった。

血管のあるところに歯をたてて傷をつくり血を舐め取って、ついた傷は唾液に含まれる治癒成分ですぐふさがる。

まぁ、跡が少しは残るけど。



今だって、ついた傷はすでに塞がりそうで血なんかもう出てない。



ふいに、彼と目があった。

ぎらぎら、獲物を狙うような目に心臓が跳ねる。



あ、

喰われる…


思ったときには彼の歯はあたしの首もとに来ていた。


ぶち、といまだに慣れない音を聞いて、感じるのは痛みより甘い痺れ。

血を吸われているからなのか、それとも何か別のことなのか、頭がクラクラしてよくわからないけど、どうにかなってしまいそう。

そして、このまま世界が二人だけになればいいのに、ってバカなことを本気で思うのよ。



しばらくして満足したあと、苦しそうな顔をして言われた。


「ごめん」


いつも、その後にはどんな言葉が続くんだろう、と思うけど、それは紡がれずに消えていく。


「大丈夫だよ、すぐ治るし
痛くないもん」


「…ごめん」


「…ツナは、あたしが誰にでも血を吸わせると思う?」



このままじゃ一生謝り続けそうなツナの頬に手を添える。

青白かった顔は少しだけ赤みがさして、幾分かましになった。


「あたしね、ツナだから、血をあげるんだよ
自分の体より、あたしの体を心配してくれるツナだから、だよ
…だから、謝らなくていいの」


微笑めば、彼は眩しそうに目を細めて。



「…あいしてるよ、春乃」



柔らかく笑い、唇を押し付けてくる彼は、いつもより人間くさかった。








その愛で殺してよ

あなたの愛があるなら、

吸い殺されてもかまわない



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