惑い風


 風が吹き抜ける草原に、カザハは一人佇んでいた。
 瞬間的に強く髪をかき乱していき、でもすぐに穏やかさを取り戻す風が、今はとても心地良かった。つい浮かんでしまう嫌な思考もすべて攫っていってくれそうな、そんな気さえする。
 ひとつ、溜め息をついた。

「いー風だねえ」

 覚えのある声が聞こえたのは、そんな時だった。
 振り返れば、予想通りの人物が、いつもと同じ笑みを浮かべていた。さあっと吹いた風に赤い髪が靡く。

「……ヒロ先輩」

「珍しいじゃん? こんなとこに一人で。カズキくんは?」

「……別にセットじゃないですし」

 どうして当たり前のようにカズキの名前が出るのかと、カザハは眉をひそめた。そんなにいつも行動を共にしていたかと考える。
 そんなカザハの様子に、ヒロムは小さく吹き出した。笑いながら肩をすくめる。

「まあ一人になりたい時もあるよね」

「…………」

「あれ? 図星?」

 黙り込んでしまったカザハに、ヒロムが目を丸くする。 ヒロムの眼差しから逃げるようにして、カザハは後ろを向いた。言葉通り、図星だった。
 それを悟られたという事実だけでこみ上げてくる悔しさに、自然と拳に力がこもる。
 ――たった一つの、些細なミス。
 誰も責めることはなく、気にしてさえもいないであろうそれを、一番許せないのが自分で。表面上はいつも通りに、何か言いかけたカズキを振り切って外へ飛び出した。
 そして、気が付けばここにいて、ヒロムがやってきた。それが、今。
 勿論すべてを彼が知っているわけではない。分かっているのに、何故だろう。見抜かれているような気がして、振り向くことが出来なかった。
 落ちた沈黙。ただ、風だけが吹き抜けていく。
 ふいに、ぽんと頭に手を置かれた。

「昔話でもしよっか」

 自らも草むらに座りながら、隣を軽く叩いて示す。昔話、という単語に首を傾げ、カザハは促されるままにヒロムの隣に腰を下ろした。
 そのことに微笑んだヒロムが、ゆっくりと口を開く。

「むかしむかーし、あるところに――」

 語られ始めた内容に、すぐにカザハは呆れ顔を見せた。
 本当に“昔話”だった。よくある子供向けのおとぎ話。 どういうつもりかと抗議の声を上げかけたカザハだったが、身振り手振りを交えて楽しそうに話すヒロムの姿を見て、結局は口を噤んだ。膝を抱え、適当に聞き流す……つもりだった。
 けれど、いつの間にかその語りに惹き付けられ、気が付けば最後まで聞き入ってしまっていた。




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