それは誰にも譲れない


 放課後の美術室前――そこでは今とある二人が睨み合っていた。

「ちょっとめーちゃん、その手離してくんないかな」

「あらァ、何を言ってるのかしら。オミこそ離したらどう?」

「いや、ダメだね。やっぱりふうは一番に俺と会いたいと思うんだ」

「勝手に鳥越の気持ちを決めないでくれる? あたしに一番会いたいに決まってるじゃなーい。というわけで、さっさとその手を離しなさい!」

 廊下と室内を隔てるドアは、二人の手でがっちりと掴まれていた。どちらも譲る気はないらしく、手はそのままに舌戦を繰り広げている。
 しかも表面上はにこやかなものだから、たまにそこを通りかかる者達からは奇異の視線を向けられていた。勿論、そんな些細なことを気にして、“彼女”と一番に会う権利を譲るつもりは毛頭ない。

「人の恋路を邪魔する者はなんとやらって言うだろ。野暮なことすんなって」

「可愛いあたしの相棒を狼の手から護ることのどこが野暮なのかしらァ〜」

「違うな、めーちゃん」

 ふいににやりと笑ったヒナタがゆっくりとかぶりを振った。

「何が違うの? 狼じゃないとでも――」

「ふうは可愛いんじゃない。“世界一”可愛いんだ!」

 ぐっと拳を握って叫ぶヒナタに、対するメネは勿論通りすがる人の視線が一気に集まる。だが、メネの視線が向かう先は握られた拳のみ。

「――スキ有りッ!」

「ああっ! こら卑怯だぞ!」

 ヒナタの片手が離れた瞬間を狙って、勢いよくメネがドアを開けた。そこでようやく事態を察したヒナタが慌ててその腕を掴んで止める。

「その言葉甘んじて受けるわァ〜。だからほら、手を離しなさい!」

「い・や・だ・ねっ」

「……二人とも、何してるの?」

 ふいに背後からかかった声に、二人はピタリと動きを止めた。一度顔を見合わせて、ドアの開いた室内を見、それから二人同時にぐるりと振り返った。

「ふう!?」「鳥越ッ!?」

「う、うん。……何だかいつも以上に怖いよ、二人とも」

 目を丸くして詰め寄る二人に、ふうは一歩後ずさる。どことなくかわいそうな生き物を見るような目で二人を見つめるが、それに気付く二人ではない。「な、なんでふうがそこに……」

「美術室にいたんじゃなかったの?」

「うん。今戻ったところだけど……。それに中にいたらとっくに出て来てると思うの」

 出入口の一つを占拠しての騒ぎに気付かない訳がない。涼しい顔で言外にそう告げる。それから、何故か脱力しているヒナタとメネに不審そうに訊ねた。

「それで……二人はここで何してたの?」

「何って……」

「その……ねえ?」




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