くろう様レン夢
初めてのスペシャル2時間ドラマは主演の神宮寺さんを中心に若手が揃った現場であったが、撮影は順調に進んでいた。私立探偵が難事件を解決していくアクションサスペンスもので、オーディションでヒロイン役に選ばれた私は探偵と対立しながらも一人の男性として惹かれていく女性刑事の役だ。今日は事件が解決し、探偵と女性刑事がお互いの気持ちを打明ける恋愛シーンがメインだ。
出番前の休憩中。神宮寺さんは監督に先程の自分の演技がどうだったか、シーンのチェックを行っていて此方に来る気配はなく、一人で椅子に座って台本を確認していると、共演者が声を掛けてきた。


「そう言えば名前ちゃんってヘアスタイルは今回のドラマに合わせたの?とっても似合ってて可愛いよ!俺、こーゆう感じ好きなんだよね〜。」


他事務所の若手俳優は最近現場が一緒になる度に声を掛けてくれる。悪い人ではないのだろうけど、話をしているとやたら距離が近く感じたりボディタッチがあって、緊張してしまう私は少し苦手意識がある人だ。背中の真ん中くらいまであった髪の毛を今回の役柄に合わせてバッサリとボブに切りそろえた。髪型をそろそろ変えたかったのもあったし、ちょうど良いイメチェンになったと自分でも気に入っていた髪型だった。整った顔が爽やかに微笑み躊躇せずにその髪をサラリとすくい自らの指に絡めた。


「あ、はい。…えーっと、そうなんですか。ありがとうございます。一気にバッサリだったのでちょっと勇気が要りましたけど、私もこの髪型は結構気に入ってます。」

「うんうん!すっごい似合うよー!名前ちゃん、本当可愛いね。」

「いえいえそんなことないです!でも、ありがとうございます。慣れてないのでそんなに褒めないでください。」


彼が髪の毛に触れていることはあえて触れず、一歩後ろへ下がって彼との距離を取る。きっとモテるであろう彼はどうしたら女の子が喜ぶのかを理解していてこういう行動に出ているのであろう。
チラリと神宮寺さんを見ると、一瞬視線が合ったかの様に思えたがすぐに神宮寺さんはモニターに視線を落としていた。
彼はあえて取った距離をまた縮めると、高い身長を少し屈めて私の視線に自分の視線を合わせた。


「これじゃあライバルがまた増えちゃうなぁ。その前に一回2人で食事でもどう?今夜とか。」

『シーン136いきますのでよろしくお願いしまーす!!!』

「はいっ!よろしくお願いします!!…すみません、後でお返事します。」


助監督の声に急いで立ち上がると、セットへ向かった。後でちゃんとお断りしなくちゃ…とても気まずいし、言うのも緊張するしどうしたらいいのか悩むばかりだったが、セットに入り立ち位置に向かうと軽く息を吐く。今は仕事中、頭を切り替えて神宮寺さんを見た。


「…はぁ」

「神宮寺さん?どうしたんですか?」

「何でもないよ。」


生返事な神宮寺さんがとても気になったが、何でもないと言ってニコリと優しく笑う神宮寺さん。声を掛けようとしたけれど、メイクさんやスタイリストさんがメイクや衣装を直しに入り、そのままスタンバイの声がかかってしまった。


『スタンバイOKです。では、シーン136。3、2・・・・』カチンッ



「“僕は君が好きだ。それじゃ助けた理由にはならない…かな?”」

「“探偵さん…”」



刑事役の私が“探偵さん…”と言うと探偵の神宮寺さんが抱きしめて“もう危ないことはしないって約束しろよ。”と続き、抱きしめられたまま私が頷く、という流れであった。神宮寺さんが私を抱きしめると、香水の匂いがふわりとして心地いい。


「ごめんね。」

「え…?」


台詞と違う言葉を発した神宮寺さんを見上げると、顎を掴まれて唇が触れた。驚いて固まっているのを余所に、神宮寺さんが唇を割り舌で歯列をなぞり、あっという間に神宮寺さんのペースだ。胸を押して止める様に促すが一向に止める気配はなく、舌を絡められて息が漏れる。


「ふ…んん…」


『ちょっと!!台本と違っ…止めて!!』

『いいから続けて!いいよーあの2人!カメラちゃんと回して!』

『か、監督…!!?』


監督たちの会話を知る由もなく、ストップがかからない濃厚なキスが襲ってきて、体がゾクリと粟立つと、神宮寺さんが優しく抱きしめて髪を撫でる。
やっと唇が離された時には息が上がり、何が起きたのか理解できない状況だった。


「名前ごめんね。ついつい何時もみたいに本気出しちゃった。」

「神…っもう!!こんな所で何言ってるんですか!!!」


可愛く舌をペロッと出しながらウインクする神宮寺さん。息を整える間もなく神宮寺さんを叱ると「あともうちょっとだけごめんね。」と言って私の腰に腕を回しスタッフの方を向いた。


「皆もごめんね。でも、まぁ実際にそういうことなんだ。リアルを求める作品を作りたいって監督もさっき言ってたし、本当の恋人同士の愛を育むシーンなんだからいい画が撮れただろ、監督。もちろん、今回みたいに公私混同するのはこれっきりにすると約束するよ。」


私達はアイドルとしても互いを高めるように頑張ろうと誓っていたはずだったのに、神宮寺さんがどうしてこのような行動に出たのか理解ができなかった。


「神宮寺さんはアイドルなんですよ!!?今後のお仕事に響いたらどうするんですか!そしたら私…私は悲しいです。皆さんを魅了するアイドルの神宮寺さんをたくさんの人が待ってるのに…!」

「ハニーごめんね…もちろんわかってるさ。けど、ハニー、君もアイドルで自分のことだって守らなくちゃいけないのに、そうやってハニーはいつも俺を心から心配してくれる…だから俺もハニーを守りたいんだよ。俺だけの大切なお姫様なんだからさ。」

「でも…こんな皆さんの前で…」

「悪い虫が名前の周りをウロチョロしてるのは恋人の俺としては耐え難くてね。何となく助けることは今までもあったけど、俺がいない時はそうもいかないだろ?…そういうわけで、名前と俺はそういう事だから、皆もよろしく頼むよ。」

「じ、神宮寺さん!!!」


思いがけないカミングアウトにスタッフ、共演者はかなり驚いているようだったけれど、レンの大胆でスマートな言動に誰も文句を言う者はおらず、監督に至ってはいい画が撮れたよ、と私と神宮寺さんを褒めて応援してくれる始末だった。
先程まで私に声を掛けていた俳優の彼は気まずそうにしていたが、神宮寺さんがジトっと彼を見るといそいそと後ろへ下がっていった。
神宮寺さんの嫉妬がこんなところで現れるなんて驚くばかりだが、公言してもらえて嬉しいような、事務所に行ったら日向さんに怒られるんじゃないかとか、濃厚なキスを見られて恥ずかしくて今後共演者さん達とどう接していけばいいのかとか、やっぱり私の悩みは耐えることがないようだ。

fin
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