どうにもこうにも困った状況が数時間程続いている。
「おーい。藍ちゃーん?あーいーちゃーんー。」
「…。」
「ねぇ、何怒ってるの?」
どれだけ名前を呼んでも反応がないし、ベタベタ纏わりついていい雰囲気ではないから空気を読んでひたすら藍ちゃんと視線を合わせようと努力する。けど、プイッとすぐに横を向いてしまうのだ。
いつもなら怒っていたら罵声の一つや二つ剛速球で投げつけてくるというのに今日はいつもと違うようだ。
「怒る?ボクが?何で?理由は?」
「え…と、藍ちゃん?とりあえず…」
「ナマエは…ボクの何?」
「恋…人?」
どうしよう、急にめちゃくちゃ喋り出した。こんなに子供みたいに何で、どうしてと迫ってくる藍ちゃんは滅多にみない。
とりあえず落ち着こう、と声を掛けようとすると途中で遮られてまた質問。
「そこ何で疑問形なの。」
「いや、だって馬鹿だ変態だ罵られているから、私の勘違いだったらどうしようかと。」
「バッカじゃないの。」
「はい、馬鹿でしたスミマシェ…っ!!!」
急にいつもの調子に戻るから戸惑いすぎて口の中の肉を思いっきり噛んでしまった。
本当に馬鹿ですよ…い、痛い。口の中に鉄の味が広がってジンジン痛い。
だけど、藍ちゃんがいつものように喋ってくれて本当にホッとしていた。これだけ放置プレイというか完全無視となると藍ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかと心臓が止まりそうだった。
「…そこ、噛むかなぁ普通。」
「ごめんなさい…ううう藍ちゃんが大好きだよぉ!」
思いっきり抱きつくと、いつもなら剥がしにかかる腕は私の背中に回されてポンポンとなだめてくれた。藍ちゃんは優しい。私の甘やかし方を熟知しているから恐ろしい子だ。
「急に意味わかんないよ。」
「だってだって、藍ちゃんがさっきから完全無視するから。」
「ごめん、ボクだって処理時間が足りなかったんだよ。」
「処理時間?」
「…昨日、レイジの家にいたんでしょ?2人で…朝まで。」
藍ちゃんの口から出た言葉は意外なものだった。
作曲家である私は一応美風藍のパートナーであるけれど、シャイニング事務所の他アイドルに楽曲提供をすることはいくつもあった。
今回、ドラマの演者であった嶺二と同じくそのドラマの音楽担当をしていた私はドラマの中で使用する曲を作ることを新たに任されたのだった。あーでもない、こーでもないなんて話をしていたらいつの間にか朝方で、送ってくれるという嶺二に「歳なんだから嶺二は今日のために今すぐ寝ろ。」と一喝して始発電車で帰宅したのだった。
「嶺二と?いたけど…まさか浮気疑ってるの!?ない…ないない絶対ないから!!!」
我ながら酷い扱いだが、想像してゾワッと寒気がしてしまった。
嶺二と私は仲もいい友達だし、いい仲間だけど男として見たことは一度もない。藍ちゃんだけです、どストライクなんですから。
「違うよ。そうじゃない。ナマエを信じてる…だけど、ボクだって不安っていう感情は持ち合わせてるんだよ。わかるでしょ!?」
「…ごめん。浅はかでした。でも、本当に仕事がおしちゃってて。だから、何にもないよ!藍ちゃんにしか興味ないもんね!」
「それは知ってる。」
「ですよね。」
「…はぁ、ボクもよくわかんないよ。何なのこの感情。」
確かに浅はかな行動だったと反省した。そりゃ彼女が仕事とはいえ他の男の家から朝帰りしたらモヤっとします。藍ちゃんの感情はそれくらい豊かなもので人間の感情とほぼ同等のものまで成長しているのだ。大切な藍ちゃんをそんな気持ちにさせてしまったのは私が悪い。
でも、ちょっと待て。
…私が嶺二に取られちゃうとか可愛い想像をしたって事?
…私が藍ちゃんじゃなくて嶺二を選ぶんじゃないかって辛くなったって事?
「その感情って嫉妬…とか?藍ちゃんが私のことで嫉妬してくれるとか鼻血モノなんですけど!!」
「変態っ!…でも、そうかもね。ほら、鼻血だしてみなよ。」
そう、嫉妬。藍ちゃんが私に嫉妬した記念日だ。悪態をつかれようとも、鼻血出せなんて無茶ブリされても私の心は先程までのものとは全く違い晴れわたっていた。
「藍ちゃん大好きっ!」
また、ギュっと抱きつくとため息をつきながらもやっぱり応えてくれる藍ちゃんなのだった。
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後日。
「アーイアイ!この前は大事な名前ちゃん一人占めしちゃってメンゴ〜!」
「…うるさいよ。あの後大変だったんだからね。」
「え?もしや修羅場!?お兄さん責任感じちゃう!!!」
「違うよ、鼻血出しながら付きまとうから服が汚れて大変だった。だからレイジ、クリーニング代払ってよね。」
「え…あの、アイアイ?僕ちん全く妄想が追いつかないんだけど!」
「いいよ妄想しないで気持ち悪いから。」
「アイアーイ!」
「うるさい。」