09
「「完成!!!」」
パチンと綺麗な音がレコーディングルームに響いた。
音也との曲が完成し、自然と二人でハイタッチしていた。
「1番だけの短い曲なのに、結構時間かかるものだね…」
「だって、結構俺たち話し合って色々練ったもんね!すっごく楽しかった!」
「私も!音也と組めてすごく楽しかったよ。」
お互いの情熱が混ざり合って、納得のいくまで話し合った結果出来上がった作品は今まで私が作ってきた曲の中では一番の出来だと思う。これも音也のお陰だと感じた。
「ねぇ、のえる。もう一回、メロディ流してもいい?」
「いいけど…何で?」
「だって、のえるの作る曲本当に好きだから聞いていたくて。」
音也も私の曲を気に入ってくれているのがすごく伝わって、嬉しい反面、真っ直ぐすぎる思いを聞いて恥かしさが増した。照れながらもお礼を言うと、音也の頬もほんのり赤くなっていた。
「あ、ありがと…」
「俺、明後日のテストまでに練習頑張るよ。あ〜…あのさ、練習付き合ってくれないかなぁ…だめ?」
「いいけど、私が居て邪魔じゃない?」
曲の練習をしてくれるのはとても嬉しい。音也にもこの曲で合格を手にして貰いたかったから。だけど、私が一緒に居ることで気になって集中できないかもしれないと思うと音也の申し出に戸惑った。
「全然!邪魔じゃないよ!!」
音也の手が私の両手を包み込むように握った。
触れた手は、音也の見た目よりも男の人らしいゴツゴツして温かくて大きな手。
男の人として意識してしまい気恥ずかしくて急いで手を離した。
「そ、そう。じゃあまた明日ね!」
逃げるようにレコーディングルームの扉を開けると、廊下に一歩出たところで音也に制止させられた。
「待って、のえる」
音也が必死に私を呼び止めた。
握られた手が暑くて、ギュッと力が込められていた。
「明日、またここのレコーディングルーム、夕方から予約取ってあるから、来てね。」
「うん、行くよ。音也って本当に懐っこいね。」
「あはは、よく言われる。」
私の音楽を大切にしてくれる音也。また明日も練習がしたいと言ってくれる音也に自然と笑みがこぼれた。
人懐っこくて、それでいて自らの存在で人を引き付ける…そんな力がある音也は絶対にトップを目指せるアイドルになるだろうと思った。
「あ、そうだ。明日ペーパーテストあるから音也もちゃんと勉強しなよ!」
「…忘れてた。俺も帰る!じゃあ、また明日!」
そう、明日は筆記試験の日。実技の前日に筆記とは鬼である。
音也は忘れていたのか、忘れたかったのか…私の話を聞いて急いで鞄を手に持ちレコーディングルームを去って行った。
さて、私もテスト勉強しないと…
そう思い扉を閉めようとノブに手を掛けようとした時だった。
「のえる…音也と仲がいいのですね」
音也を見送った私の背後から聞き慣れた声がして、振り向こうとした時思いっきり腕を引かれレコーディングルームへ引き込まれた。バランスを崩しかけてよろけると、トキヤがそれを受け止めた。
「っ!?トキヤ…どうしたの?」
「私も練習ですよ。今回のパートナーが作った曲に私の歌詞を合わせたので、少し練習をしていました。」
「そ、そう…それで、パートナーの子は?」
「いませんよ。曲ができれば彼女は課題終了です。すでに細かなアレンジ等はアドバイス済みですので、私は明後日までに歌いこなせばいい。」
私と音也のやっていることとはまた違うメイキング。
だけど、それってパートナーの意味があるのかな…
確かにトキヤの歌は完璧だ。ピッチもズレなければ音を外すこともないほど『精確』。
だからだろうか、HAYATOの時と違って機械的で、トキヤの気持ちはどこにも存在しない。
「…それ、楽しい?」
「…っ。音也はどうやらのえるがお気に入りのようですね。暑苦しい程の笑顔で私に話してくる内容はいつも貴女のことばかりです。」
トキヤの眉がピクリと動いた…気がした。
だけどトキヤは私の質問に答えずに話し始めた。
音也が私の事を話してくれているのが何だかうれしくて、パートナーとして認められた気がした。
「…そう。音也が。」
自然と笑みがこぼれた私の腕を掴んで壁に押し当てたトキヤ。
「ちょ…トキヤ…いや!」
また、トキヤのペースにハマってしまいそうで、キッとトキヤを睨みつけた。
目が合った時、思っていたよりもトキヤとの距離が近くて身構える。
すると、ふわりと唇が触れて数秒…
「…では、お互いにテスト頑張りましょうね。」
ニッコリとアイドルスマイルのトキヤはそれだけ言うとレコーディングルームを出て行った。
「ちょっと…何で…」
わざとらしくて意地悪な行動とは裏腹に、触れた唇だけが優しかった。
こんなキスは初めてだった。