(瑛一)
「華よりも天使よりも、お前だ。」
「…」
最近世間を賑わす超アイドルのヘブンズ。私が今回楽曲提供をした相手だ。
ファンを「天使」と呼び、絶大な人気を誇るアイドルに甘い声で迫られることなんて予想もしていなかった現実に眩暈がする。
「ふふ…いい!実に面白い!!」
楽屋に挨拶のためお邪魔しただけだったのに、部屋の中に引っ張られ、いつの間にか後ろは壁、前には鳳英一の綺麗な顔が近づいていた。
緊張でガチガチに固まった私をみて茶化すような態度に“あー遊ばれてるんだな”と感じた私は悔しくって、整った顔に向かって手を挙げた。
「人の事からかってそんなに楽しいですか!!?」
振り上げた手は難なく静止させられ、彼は口角を持ち上げて笑い始めた。
「くっ…くっくっ…」
「鳳さん!やめてください!」
捕えられた手に指を絡めて形のいい唇が触れさせると、眼鏡の奥の綺麗なアメジストの瞳が好戦的に私を見つめた。
ドキリと心臓が跳ねた…が、これはただのアイドルの暇つぶしだ…睨み返してやめるように声をあげた。
「英一だ。」
「え…あ、あの…」
「…」
急に顔が近づいて、私の頬をかすめると耳元に吐息がかかった。くすぐったくって身をよじると、彼はいつものように自信たっぷりに…だけどとても甘く囁いた。
「お前を見てると俺のモノにしたくて堪らなくなる。最高にゾクゾクする。さぁ、素直に俺を見ろ。」
(女は耳で恋をする…そんな言葉、誰かが言ってた。)
(綺羅)
「苦しくても、走れ。」
あの日、あの場所で彼が言った言葉は魔法のように私を変えた。
「お疲れ様です!」
「…」
収録を終えて先輩であるヘブンズの皇綺羅さんに挨拶をした。
私の憧れの人だ。
アイドル戦国時代なんて呼ばれているこの時代で生き残るのは大変だった。
新人アイドルだった私もその一人。夢だったアイドルになりたくて、あらゆるオーディションを受けて、見事惨敗。いつも最終選考止まりで夢を諦めるには少し悔しくて、希望を持たせる結果だった。
早乙女学園の倍率に負けた受験結果発表日、私は寒空の中公園で一人歌っていた。
そこで知らないスーツの男に声を掛けられ、そんな気分じゃないと帰ろうとしたが、その男が差し出した名刺にはレイジングエンターテイメントの文字が書かれていた。
それから私はボイストレーニングや音楽、ジム、エステ、食事改善、芸能界の知識を叩き込まれついにデビューを勝ち取ったのだった…自分が書いた曲で、自分が紡いだ歌詞で。
周りのアイドルからしたら人一倍の努力なんて誰も見てはくれない。“たまたま売れただけ”、“事務所の力”、“いつもオーディション最終選考に落ちる半端もの”と罵られ落ち込んでいた時、綺羅さんは忙しい合間をぬって私のそばに居てくれた。無口な彼からもらった大切な言葉は私を励まし強くするのだった。
「綺羅さんと同じ番組に出られてとっても幸せです!」
「あぁ。」
「とってもかっこよかったですよ!」
無口で表情も豊かではない綺羅さん。けれど、ちゃんと立ち止まって私の話を聞いてくれる優しい人。歌えば激しく心を揺さぶり、誰をも魅了する美しい人。
綺羅さんには自分の思ったことを素直に口にできた。
「…曲。」
「はい?」
前触れもなく急に口にした言葉はあまりにも短くて、私は首をかしげた。
「今日の曲はとてもいい。いい歌声だった。」
ふわりと柔らかく笑ったその笑顔に、私はすべて奪われたようだった。
彼の言葉は私を魅了して離さないのだった。
(どうしようもなく好きなんです。)
(ナギ)
「趣味悪くない?」
画面に張り付く私を呆れたように見やる少年は悪態をついた。
「悪くないよ。」
「宇宙レベルでキュートな僕が目の前にいるのに、なーんでスターリッシュ?何で来栖翔?」
ぷぅっと頬を膨らませて拗ねる姿はとっても可愛らしい。
超人気アイドル帝ナギはどんな顔でも愛らしくファンを魅了する。
ヘブンズに対抗する新人のスターリッシュは7人グループのこれまたイケメンで構成されている。ヘブンズファンだって、「スターリッシュなら誰が好きか」なんて絶対言っているに決まっている。
私もその一人であって、最近のお気に入りは来栖翔君。この前廊下ですれ違った時、マネージャーの私に対してもにっこり笑顔で元気にあいさつをしてくれた爽やかイケメンだ。
「だって可愛いだけじゃなくて、かっこいいし運動神経も抜群で料理もできるし、それに「わーーー」」
「…!?」
私が来栖君の萌えポイントを語りだすとナギは急に立ち上がり叫びだした。
そしてこちらに近づくと、シーと人差し指を立てて、私の唇に触れてきた。
細くてきれいな指が私の唇をなぞると、ナギの大きな瞳から目が離せなくなっていた。
「君の口から他の男の好きなところなんて聞きたくなーい。」
「もぉ…ナギが“何で”って聞いたんじゃん。」
ワガママだけど、ヤキモチをやいている姿にキュンとしてしまった自分が情けない。
ナギがいつもあと数年待っててね、なんて大人の私をからかっているのはわかっていた。けれど、満更嫌な気分でもない私の方がナギに甘やかされているのかもしれない。
「僕のこと好きでいてくれなくちゃヤダよ!」
「…うん」
また、いつものペースに乗せられて、私は素直に頷くのだった。
(恋に落ちるまであとどれくらい?)