「早くこっちおいで、ね?」
「…えーっと。」
音也の言う「こっち」にたどり着くのにはかなり勇気が必要だった。
「恥ずかしがってる君も可愛いね。」
布団をめくって自分の横へくるようにポンポン叩いている音也。ベッドに横たわっている彼のしなやかな筋肉と程よく焼けたきれいな肌は白いシーツに反映されて一種の造形美だ。
「…っ!!音也の意地悪!いつも天使みたいないい子なのに!」
「男はオオカミなのよ〜気をつけなさぁい〜♪って曲知らないの?」
「知ってるけど…そーゆう問題じゃなくて!」
おどけて歌う姿は茶目っ気があって可愛いと思う。こんな色々な表情があるから、世の女性はアイドル音也に熱狂するのだろう。
音也と一緒に寝ることは今までだってたくさんある。けれど、久しぶりに共にする夜であって、いつもは音也がくっついてきてイチャイチャ〜…という流れが、今日はいつもと違うのだ。
「へ?」
「音也、最近ますますかっこよくなってるし、どんどん男の子から成長してて…会うたびにドキドキするの!」
煮え切らないこの状況に、ついに自分から白状した。
こんなにも音也のことが好きでたまらなかったのかと思うと恥ずかしくてならない。
ギュッと目を瞑って音也の反応を待つと、いつの間にか近づいてきた音也にすっぽりと抱すくめられた。
「ありがと。俺だっていつもドキドキしてるんだからね。聞こえるでしょ?」
「うん…」
聞こえてくる音也の心音が心地よくて、音也の背中に腕を回して抱きしめた。
「大好き。好きすぎて、可愛すぎて、だから時々意地悪したくなっちゃうんだよ。俺、まだお子ちゃまだからさ。」
えへへ、と笑いあって、私たちは唇を重ねたのだった。
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「唇プルップル!」
そう言って嶺二は私の唇を指でプニプニと弄った。
最初はなんとも思わず、むしろ嶺二も「どこのリップクリーム使ってるの?」、「リップケア他になんかやってるの?」、などいつものペースで楽しそうに話しかけてきていた。
私もアイドルってやっぱりそーゆう細かい所までよく見てるんだなぁと感心していたのだった。
しかし、嶺二の視線は徐々に近づき、キスされてしまうのではなかろうかという距離だった。
「れ、嶺二!?」
「あはは〜めんごめんご!僕ちんのイケメン具合に照れちゃったかな?…なーんて!」
パチリと目が合った瞬間の、嶺二の余裕のある笑みが私の視界をいっぱいにして、頬から顎のラインにかけて指でなぞられた。そうかと思うと今度はおちゃらけてまたいつもの嶺二だ。
なんだかからかわれた気分になってイラっとした。
「バカ嶺二!!!」
「えーでも、その唇はとーっても美味しそう。」
「…っ」
「美味しくいただきました〜。」
キスされた、と気づいた時には、不覚にも『すでに恋をしていたのだ』と思い知らされた…そんなきっかけ。
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「終了、はい終了。まったく…真剣に話を聞いたボクがバカだったよ。」
お願いがあるの、と正座してかしこまる彼女に余程のことかと思い、真剣に話を聞いた。けれど、話が進めば進むたびに不可思議すぎてついていけない。
「藍ちゃーーーん。」
「ボクの名前を呼んでもダメ。ひっついてもダメ。」
「だって、一緒に花火見に行きたい!」
椅子に座るボクの足に縋り付いてくるこの光景は悪いものではないなと思ったけれど、彼女の話を100%いいよと言える心の広さはボクにはない。いや、多分統計を取ったって彼女からそんなことを頼まれた彼氏が条件をのむことはほぼないだろう。
あーでも、むしろそんな変なことをいう人間がこの世にたくさんいるわけがないからこの統計を取るのはとても難しいかな。
「見に行くのはかまわないけど、どうしてボクが浴衣を着なくちゃいけないのさ、しかも女物。」
「絶対似合うし!それに、藍ちゃんを押し倒して『良いではないか、良いではないか』って帯を解きt…「バッカじゃないの!」」
「そんな勢いで被せてこなくても…」
シュンとしている姿は可愛いと思う。けど、その内容はとても普通の女の子が言うような発言ではない。
床に座り込んでいる彼女に近づいてポンポンと頭を撫でた。
「あのさ、それ…ボクの役目だと思うんだけど?」
「………鼻血ものだね。」
「そこの変態っ、何妄想してるのさ…まったく、本当に君の考えることは理解できないよ。」
はぁ、優しくして損した。
けど、ボクが君を放っておけないのは…君だけの特権かもしれない。
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最初の会話の頭文字を合わせると「は・く・しゅ」