06
「何で…春歌は?」


とりあえず車に乗る様にと促され、人目も気になり車に乗った。満足そうな寿さんが車を走らせはじめた。春歌とご飯に行った後、この人は何と言って春歌と別れたのだろうか、春歌に余計なことを言ってはいないだろうか…そんな事ばかり考えて気に病んだ。そんなことを知ってか知らずか、寿さんは何の説明もしてはくれない。


「後輩ちゃんとはご飯食べて、そこでまたね、って別れたよ。後輩ちゃんって作曲はあんなに力強いのに、癒し系で健気で一生懸命でホント可愛いね〜。」

「…そのままデートでもしてくれば良かったんじゃないですか?あんなにデートしたがってたじゃないですか。私は一人で帰れますし。」

「咲優ちゃん何怒ってるの?」

「怒ってません。そこの信号の先で結構です。ありがとうございました。」


ニコニコ笑いながら楽しそうに春歌を褒める寿さんに苛立ちを感じた。自分にないものを春歌はいっぱいもっていて、誰にでも好かれる彼女に嫉妬とは別の、崇高な存在であるような感覚を与えさせる。けれど、他の女のことを話す寿さんに嫉妬の念を抱くなど自分の立場ではあってはならないが、モヤモヤしたものが渦巻いて仕方がないのだ。
早くこの場から逃げ出したい、そればかり考えていた。マンションの近くで降ろしてもらおうとした所で、手前の信号機が赤になり、車が静かに停止した。


「…。」


顎を掴まれて、月明かりと車のオーディオで薄っすら明るい車内が一気に陰った。その正体は助手席まで体を乗り出した寿さんで、唇に触れた暖かいものが寿さんの唇だと気付いた時には割り入れようとした寿さんの舌が唇を舐めた。


「や、やめ…」

「嫌だね。」


胸板を押し返すがビクともしない。歯列をなぞられゾクリとする感覚に息を吸うと一気に舌を絡められる。雰囲気に飲み込まれそうだった瞬間、後方の車がプッとクラクションを鳴らした。


「ヤバ…青だ。」

「外ですよ!?言動には気を付けてください!もし写真でも撮られたらどうするんですか!…あの、ここでいいですって…寿さん!」


人気アイドルが車中で一般人とキスしている写真なんてチープなネタ過ぎるが、事務所にとっても寿さんにとってもマイナスなことは確実だ。けれど運転する寿さんを見ると至極不機嫌そうで、注意した此方が悪かったのだろうかと呆れてしまう程だった。降ろして欲しいと指定した場所を通り過ぎてもなお走り続ける車を停めるように促すがブレーキを踏む様子は全く見られなかった。


「だって、後ろに車来ちゃったし。家までもう少しあるでしょ?送らせてよ。」

「不要です。そこ、曲がってください。そこで結構ですから。」


言った通りに車が右折して、小さな空地の前で停車した。シートベルトを外そうと手を掛けるとそれを制止させるように寿さんが腕を掴んだ。


「ねぇ、どういうつもり?好きな子に他の女の子と食事に行けって言われて僕が何とも思わないとでも思ってるの?僕の方が怒りたいよ。」


ヘーゼルの瞳が嫌悪と怒りを帯びて此方を見ている。それを直視出来ずに視線を逸らし、「私は春歌の味方です。」とだけ答えた。


「嫉妬とかしてくれないんだ?何だか寂しいなぁ。」

「…。」


何も言えなかった。
嫉妬だなんて有り得ない、けれど少なくとも先程の言動は寿さんに怒りをぶつけていた。
俯いたままでいると寿さんが私の頬を撫でて、自分の方へと顔を向かせた。


「ねぇ、寂しい。もっと一緒に居たい。僕はワガママなお子ちゃまだからね。君が手に入るならアイドルは辞めたって構わない。でもそれじゃ君が困るでしょ、マネージャーさん。だから、僕の言うワガママは全部聞いてよ、ね?」


嘘吐き…たかが一人の女のために、大切に築き上げてきたものを壊すわけがないのに。
けれど、その嘘を信じたかった。マネージャーだから、困るから、願いを聞き入れる訳じゃない。私が彼を受け入れて、願いを叶えたかった、それだけだ。

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