04
ある日の某テレビ局。
楽屋までの廊下を歩いていると見知った顔が前からやってきた。


「よー寿、大倉。仲良くやってるか?」

「あ、龍也先輩。仲良くやってるよー。今日はよろしくマッチョッチョー。」

「龍也先生、今日は寿さんをよろしくお願い致します。」


今日の番組はバラエティー番組で、今度映画化が決まった『ケンカの王子さま』の番宣で龍也先生が、スペシャルドラマの番宣で寿さんと一ノ瀬君の2人が出演する。「どんな仲だろうと番組共演者への挨拶はマネージャーの基本中の基本だ!」と龍也先生から教えられていたため、龍也先生にも挨拶すると龍也先生は二カッと笑って頭をポンと撫でた。


「おう、よろしくな。ちゃんと俺の言ったこと守ってるな。でも大倉、最近忙しい所為か事務所でもなかなか会わないが、お前この仕事本当に大丈夫か?」

「もう龍也先生!子ども扱いしすぎです。ちゃんとやってますよ!…多分。」


龍也先生は厳しいけど、一生懸命やる気のある人に対してはそれなりに評価をしてくれる。だけど、アイドルとしてデビューできなかった私に対しては心配性がプラスされて、林檎先生にも「龍也、私の咲優ちゃんに対して小さい事心配しすぎ!私の生徒なんだから、この子は十分しっかり者ですー!」と叱られていることもしばしばだった。
しかし流石に初めてのマネージャー業務で各所への気配り、挨拶、スケジュール管理等多忙なのは間違いない。ちゃんとできているかどうかを評価するのは私ではなく寿さんがするものだ。チラリと寿さんを見ると、「咲優ちゃんはちゃんとやってくれてるよ。ね!」とニコニコ笑って龍也先生に伝えてくれた。


「大倉、悪ぃ。ブラザー制度って訳じゃねーけど、事務所の仕事を教えたのは俺だったし後輩で元生徒なお前のことだとつい、な。」

「ありがとうございます。とっても嬉しいです。」


―Ring! Ring!


携帯に事務室から電話がかかり、「すみません」と電話を出ると「忙しいんだな寿、頑張れよ」と龍也先生が寿さんに話していた。電話は次期連ドラのオーディションの結果通知であった。もちろん合格だ。


電話を切るとすでに龍也先生と別れていた寿さんが私を待っていた。脇役だが、寿さんがやりたがっていた役であったため大変喜んで、控室までスキップしながら向かう寿さんを小走りで追いかけた。
“寿 嶺二 様”“一ノ瀬トキヤ 様”と書かれた控室。扉を開けるとまだ一ノ瀬君は来ていないようだ。寿さんを通して最後に自分が入って扉を閉める。すると閉めた扉が陰って自分の両脇にスッと腕が伸びた。後ろを振り向くとやはりそこには寿さんが居て冷たい視線で私を見下ろした。


「ねぇ、龍也先輩は「りゅーや先生」なんだ。そう言えばこの前も音やんのこと呼び捨ててたし。」

「えっと…」

「僕の事は「嶺二」じゃないのに。」

「それは!…担任の林檎先生が龍也って呼んでたから移ってそのまま…音也はクラス一緒だったし。それに、一ノ瀬君は寿さんて呼ぶじゃないですか!!」

「トッキーと同じ呼び方ね、ふーん。」


子どもか!と突っ込みたい気持ちを抑えて弁解するが、唇を尖らせて頬を膨らませたままソファに体育座りをしていじけ始めた。寿さんが皆に「嶺ちゃんでいいよ」って言ってるのは知ってるけど、私はそんなことを言える立場じゃない。だから知り合った当初から苗字に敬称付けは変わらなかった。ふとした時にこの話題にぶち当たるため、もう一層の事“嶺ちゃん”とか“嶺二さん”とか呼んでしまおうかと思った時期もあったが、春歌との一件があってからは尚更変えようとは思わなかった。


「もう、そんなことで不貞腐れなくてもいいじゃないですか。」

「そんなことでって…男心がわかってなーい。」

「わかりませんね。」


男心なんてわかる訳ないでしょう。大きくため息を吐くと、「ぐすん…」と言いながら更に不貞腐れる寿さんがジトッとこちらをみていた。


「ねぇ咲優ちゃん。僕の事嫌い?」

「…」

「ふふ、困った顔するのはズルいなぁ。」


不意打ちだった。好きかどうかではなく、嫌いかどうかを聞くなんて寿さんの方が狡賢いのだ。そんなにも自分は困った顔をしていたのだろうか、寿さんが立ち上がって今まで少し下だった視線が一気に見上げる形になったかと思ったら腕を引っ張られてすっぽりと抱きしめられた。寿さんが額にチュッと音を立ててキスをして、「そう言う素直な所が好きだよ。」と口説く様に優しく囁いた。


「嫌い…大嫌いです。」

「嘘吐き。嫌いなんて言ったら許さないよ。」


押し付けられた胸板を両手で力いっぱい押しやると、嶺二さんは楽しそうに笑っていた。寿さんのペースに乗せられてからかわれている事が悔しかった。抱きしめられた腕を剥がそうとすると、急に離されて後ろにあったソファに倒された。


「やめてください、ここ楽屋です!一ノ瀬君だってもう来ます!」

「あんまりオッキイ声出すとバレちゃうよ。」

「っ、寿さん…本当にやめてください。ここじゃ…」

「ここじゃなければいいなら今夜僕の部屋来る?」

「行きません。」

「じゃあ今日の反省会はどこでやろっか?」

「寿さんはこの後1本で終わりですけど、私はそうじゃないので。」

「また嘘吐く。龍也先輩が今日は咲優ちゃんもそのまま帰っていいってさっき咲優ちゃんが電話してたときに言ってたよ。」

「…」

「僕の勝ちだね。」


勝ち負けを争っていたつもりではなかったが、勝ち誇った顔で楽しそうにしている寿さんを見たらものすごく負けた気がして、その整った顔は仕事上支障が出るので我慢するとして、一発だけでもボディを殴ってやろうかと思う程だった。


「ココからだったら六本木のカフェとかどう?前に差し入れしてた時に持っていったチーズケーキタルトのお店。あそこコーヒーも美味しいんだ。今ならディナーもやってるし、ね、行こ?たまには釣られてごらんよ。」


手を引いて私をソファから起こすと、隣に座って手を握りながら今度はいつもの様に優しく笑った。デスクワークをしていた時に頂いていたお菓子はどれも絶品だったが、そこのお店のチーズケーキタルトは特別に美味しかったのを覚えている。一瞬心惹かれそうになった時、楽屋のドアからノック音が響いた。


「おはようございます。寿さん、大倉さん。今日はよろしくお願い致しますね。」

「一ノ瀬君、本日も一緒に番宣よろしくお願いします。」

「トッキー、よろしくねん♪」


一ノ瀬君が寿さんと私にも丁寧に挨拶をして中に入ってきた。
あと少し早かったら弁解の余地もない状態だったとホッとしていると、一ノ瀬君が声を掛けてきた。


「そうそう大倉さん、レンが貴女に自分のマネージャーをやってほしいと言ってましたよ。」

「一ノ瀬君に?」

「私が寿さんと今度共演することを知っていたからじゃないですか?」


確かにかつての同級生は誰もが忙しく仕事をしている事は知っていたが、なかなか逢わない面子も多い。よく会うのはQUARTET★NIGHTメンバーか、ブラザー制度から共演の多い一ノ瀬君と音也くらいだ。神宮寺君の仕事現場も是非覗いてみたいものだ。彼が自分をマネージャーにと思ってくれることはとてもありがたかった。2人で笑い合っていると、急に寿さんが横から私に勢いをつけて抱き付いてきた。


「えー!咲優ちゃんは僕専用なのにー!」

「ちょっ!!寿さん!!!」

「大倉さんも大変ですね。」

「いいからちょっと助けてよ!!」


一ノ瀬君は慣れた手つきでベリベリと寿さんを引っぺがし、寿さんの代わりに「すみません。」と謝った。寿さんをジトッと睨むと舌をペロッとだして悪びれた様子は見て取れなかった。やはり一発殴っておくべきだったか。

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