16
黙り込んだままの私を他所に、寿さんがコンビニで買ったものを冷蔵庫にしまっていた。寿さんがホットコーヒーを淹れてくれて、一口飲むととても暖かくて冷えた体に染みた。



「ありがとうございます。」

「で、いつから待ってたの?っていうかどうやってエントランスに…はぁ、付き合いで今日は飲んでたんだよ…下に車あったでしょ?」


隣に座った寿さんが、優しく私に問いかけた。以前何度か入っているところを知っていた管理人さんがマネージャーさんならどうぞ、と入れてくれたことを話すと納得したようにホッと息を吐いた。そして、少し笑いかけると、私が喋る環境を整えてくれるみたいに様子を伺いながら、私を見ていた。


「あの、色々話したくて…というか、私の話を聞いてほしくて…」

「うん…どうしたの?」


久しぶりに優しく笑う寿さんに少しホッと胸を撫で下ろした。
正直な気持ちを打明けたらもしかしたら更に嫌われてしまうかもしれない。けれど、今の気持ちをここで伝えなければ後悔だけが残る。今できる精一杯をしようと、昼間決めたのだからと勇気を出して口を開いた。


「色々考えない様にしてました…整理したつもりでまた逃げてたんです。でも、今日春歌達に会って今のままじゃ嫌だって思いました。…自分勝手なこと言ってるって自覚してます…でも、頂いたネックレスをお返しした後から寿さんが頭なでてくれなかったのも、笑ってくれなかったのも、キスしてくれなかったのも全部嫌でした。寿さんがそうしてくれるのすごく好きだったのに…もう会わないなんてやっぱり嫌だ。私、自分の事ばっかり考えて、結局春歌も寿さんも傷付けて…ものすごく嫌な女です。今もワガママ言って、また寿さんを困らせようとしてます…」

「そんなことないよ。僕が追いつめた。言ったでしょ、記憶に残してやるって。」

「でも、怖かったんです。あの時、さようならって言われて、会えなくなっちゃうんじゃないかって思ったら。」

「…ごめん、僕は意地悪でズルい大人だから。僕も逃げたんだよ。」

「友達に嫌われて見捨てられるのも、自分が春歌の味方をしきれないのも、寿さんと触れ合えないのも、前みたいに一緒に楽しく過ごせなくなるのも全部嫌なんです。私、すごく傲慢で利己的で最低です。でも、寿さんにはちゃんと謝らなくちゃって。それにお礼も…こんな私を好きだって言ってくれた。」


寿さんは私の長い話を聞きながら両手で顔を覆って俯いた。震えた声で答えてくれているが、その表情は読み取れず不安になる。言いたい事がうまくまとまらず、一通り言い終わると私も俯いてしまった。
少しの沈黙のあと、暖かくて大きな手が私の頭をポンと撫でた。そのまま髪を撫でるように滑らせると、もう片方の手が固く膝を掴んだ私の手を握った。顔を上げると寿さんが少し照れながら困ったように笑っていた。


「僕は好きだよ。大好き。そういう馬鹿正直で一生懸命なところ。ねぇ咲優ちゃん好きって言って。」

「す…好き、です。」


名前で呼ばれたことももちろんだけれど、久しぶりに撫でてもらえた感覚がジワリと全身に巡ってきて、心地いいような、気恥ずかしいような気持ちで満たされた。
少し口籠りながらも、素直に返す。思えば、「好きだ」と伝えることの方が気持ちが楽になったことに気付く。「嫌い」だと伝える方が勇気が必要で、辛くて苦しかったと今なら素直に思えた。


「うわー…」

「え、あの…寿さん?」


寿さんが項垂れるように太腿に顔が付きそうなくらい身体を曲げた。何か変な事を行ってしまったのかと挙動不審になると、寿さんがギュッと手を握った。


「いや、ごめん。自分で言えって言っといてなんだけど、破壊力ありすぎてお兄さんダメかも。」

「し、真剣に言ってます!ずっと、好きでした。私が諦めてた世界をたくさん見せてくれて、そのお手伝いができて幸せでした。いつも優しくて、カッコよくて、大人で…」

「待った!!咲優ちゃん待った!!!何、これ何の仕返し!?」

「は?素直に言ってるだけです。」


寿さんが項垂れながらギュッと手を握るから少し痛い。先程まで状況を落ち着いて飲み込んでいた様子だった寿さんが今度は焦り、私が妙に落ち着いてしまった。寿さんといると、やはり不思議だ。


「何だろう…今まで最強に嫌われてるキャラだった分ここまでデレられると迫力凄いよ!何コレ!!!」

「はぁ…人が真面目に…」


ワナワナしている寿さんに大きくため息を吐くと、スッと顔を上げた寿さんと視線があった。その色素の薄いヘーゼルの綺麗な瞳は真剣に私を見た。ドキリと心臓が跳ねて気恥ずかしくなるけれど、その瞳からは逃げられない。


「とっても嬉しいよ。ねぇ、咲優ちゃん、ごめん。ごめんね。たくさん傷付けたのは僕の方だよ。君が欲しくて堪らなくて、子供の様にワガママ言って君を追いつめたんだよ。愛おしくて可愛がりたいのに独りよがりで繋ぎとめることばっかり考えて、全然君を大切にできなくて、何も上手くできない。だから、今は幸せすぎてどうにかなっちゃいそう。大好きだよ、咲優ちゃん。」

「…。」


少し悲しそうな表情で、だけど瞳は優しく穏やかに愛を囁く寿さん。好きだよ、と告白される度に辛かった日々は終わったのだ。自分の力だけでは一歩進めず足踏みしていた私を支えて、背中を押してくれた仲間達も、私の手を離さず前に進み続けた寿さんも大切な存在だ。愛情は裏切りだとずっと考えていた自分はもう、いない。
寿さんに微笑むと、片手を伸ばして髪を撫でる。その手はスルリと下がり、頬に添えられると寿さんが近づいて、耳元で「愛してる。」とまた囁いた。息のかかる耳も甘い声も痺れる様に身体を伝って心音を速め、熱くさせた。急に恥ずかしくなって黙ると、寿さんは楽しそうに私の顔を覗き込んだ。


「っ…!」

「あれ、黙っちゃうの?可愛いなぁもう!」


チュっとリップ音がして、唇を啄まれた。一瞬の事だったけれど、触れた余韻が唇に残って熱を持った。


「こ、寿さんっ!!」

「ね…もう一回。」

「っ!あ、あの…寿さん。」


コロコロと表情を変えて、大人っぽく艶っぽい瞳で私を見ながら顔だけではなくて身体ごと距離を縮める寿さんに翻弄されそうになる。恥かしさの中でも、私の唇はもう一度寿さんのそれを待ち望んでいた。


「ねぇ、僕の名前を呼んで…僕のワガママ、全部聞いてよ。」

「はい。…もう一回、キスしてください、嶺二さん。」


寿さんが私を抱きしめて、またキスをした。

Fin.

back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -