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数日後、龍也先生のスケジュール調整を頼まれて事務所内のスケジュールボードの前に行くと寿さんに出会った。寿さんが困った顔をしていて胸がチクリと痛む。なんとタイミングの悪い日なのだろう。


「えーっと…大倉ちゃん」

「…。どうも。」


会釈程度に頭を下げると、困った表情のまま寿さんが私の名前を呼んだ。昔寿さんが「可愛い名前だから、呼ばなくちゃ勿体ないよね。ねぇ、咲優ちゃんって呼んでもいい?」って聞いてきて、苗字なんて初めて会った日以来呼ばれていないような気がする。徐々に離れていく距離感が今日更にスピードを増して離れ行くようだった。
沈黙の中、互いに予定をチェックしてスマホとボードを交互に見ていると、寿さんがスマホをポケットに突っこんでからため息を吐いた。


「はぁ…今までごめん。じゃあ僕は次の現場に行くから…さようなら。」

「…」


すぐに振り返り部屋を出て行ってしまったため寿さんの顔は見ることができなかった。
何だか、最後の挨拶みたいだ。事務所を辞める訳はないし、もしかしたらどこかでまたバッタリ会うかもしれないけれど、寿さんの言葉は何故かもう二度と会うことがないように感じさせた。


**********




あれから2ヶ月程経った。寿さんが言った通り、私は寿さんに一度も会っていない。事務所の奥で書類の整理をしてばかりいる所為か、他のアイドルにでさえ会わずに時間だけが過ぎた。忙しくもあった所為か、寿さんに別れの様な言葉を言われたのが逆に自分の頭を整理するには十分だった。


「愛島が出る予定の音楽番組なんだが、スタッフが一人インフルエンザで倒れたらしい。お前ちょっと手伝いに行って来い。」


久しぶりに会った龍也先生にそう言われて久しぶりに事務所を出てスタジオで裏方の仕事をすることになった。
番組収録が終わるとチーフディレクターからお礼を賜り、セシルからものすごい笑顔で褒められてハグされた。相変わらずのスキンシップに戸惑いながらも何とかなだめてスタジオをあとにした。
テレビ局の廊下は色んな人が出入りしていてたまにすれ違う人がアイドルだったり、有名な役者だったりとどうしても目についてしまう。カリスマ性、スター性と言うものはやはり凄い。エレベーターを降りてまた長い廊下を歩いていると前からまた一際目を惹く集団がやってきた。


「大倉さん、お疲れ様です。」


一ノ瀬君がいち早く私に気付いて声をかけた。隣に居た神宮寺君が手を振ってニコリと笑う。更にその少し後ろから春歌が見えた。アイドルの2人が並んで歩いているだけですれ違う女性が振り返って行く。そんな光景は事務所の奥で仕事をしていると懐かしくて新鮮だった。そんな2人の間から、春歌が私に駆け寄って手を握った。


「咲優ちゃん!!あの…先輩のマネージャー辞めたって…私の所為?」

「違う!違うよ!!私が狡いだけ。」


春歌が申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
やはり春歌に話さなくてはいけない、そう思った。


「ブッキーが最近元気ないのは咲優が原因か。付き合ってるんじゃないの?」

「え?!はい?!…と言うか…もうお互い会うつもりもないし。」


追いついた神宮寺君が何故だか納得したように喋り出した。どうしてそう言う話になったのか見当もつかないし、何よりもう2ヶ月程会っていない人物の様子の原因が自分である訳がない。それに、“会わない”…それがお互いに出した答えだ。あとは時間が解決してくれると信じていたのに、ここでそんな事を言われるなんて驚いた。


「どうして!?私も二人は付き合ってるのかと…。寿先輩がこの前私に咲優ちゃんのことが好きだって仰っていたので…だから、私ものすごく咲優ちゃんに迷惑なことしちゃったんじゃないかって思って謝らなくちゃって…」

「違う!!やめてよ…春歌が謝ることなんて一つもないのに…」

「でもっ…!」


握られたままの春歌の手をギュッと握ると春歌が私を心配そうに見つめ続ける。
春歌の事を最後まで応援しきれなかったこと、自分が一番大事だった結果、春歌を傷付けたことを謝る前に春歌が震えた声で謝罪の言葉を口にした。
どう返していいのか言葉を詰まらせた私に、一ノ瀬さんが肩をポンと触って微笑んだ。


「大倉さん、私達はいつでも貴女を応援していますよ。だからそんな顔はしないでください。」

「はい!私も一ノ瀬さんと同じ気持ちです!!」

「イッチー狡いなぁ、俺も入れてよ。ね、子羊ちゃん?」

「え!?あの…は、はい。もちろんです!」

「レン、距離が近いです。怯えているでしょう。」

「違うよ、これは恥じらい、いい緊張感…だよね。」


一ノ瀬君と春歌のやり取りに神宮寺君が仲間に入れてよ、と言って私に微笑んだ。神宮寺君が自然と春歌との距離を縮めてウインクすると春歌が顔を真っ赤にして照れていた所に一ノ瀬君がすかさずツッコミを入れる。とても懐かしい光景だった。いつもの騒がしくて明るくてすごく和むやり取りも、私を勇気付けるその言葉もとても嬉しくて、ふふっと笑うと春歌が私を抱きしめた。


「やっと笑ってくれた…」

「レディは笑ってる顔が一番可愛いよ。ね、イッチー。」

「そうですね。それに、私も寿さんのため息はもう聞き飽きたところです。あの破天荒が難しい顔ばかりしているので空気が重くて仕方ありません。遅刻はするし、本番もいつもの調子ではありませんね…貴女がしっかりあの男を管理して頂かないと。」

「ありがとう…私…」


春歌の背中に手を伸ばして抱きしめ返すと、神宮寺君と一ノ瀬君がまた私を励ました。寿さんという存在は心の中ではずっと消えなくて、けれど頭の中で整理したつもりになっていただけだった。涙で視界が揺れるのが分かったけれど、目立つアイドル2人と可愛らしい女の子が私を囲っている光景は行きかう人の目を惹いているだろうし、ここで泣いてはいけないとグッと我慢した。


「咲優ちゃん…私、咲優ちゃんの笑った顔がすっごく素敵で大好きなんです。だから、そんな顔しないで?」


そっと顔を覗き込んだ春歌がバックの中から綺麗なレースのハンカチを取り出して目じりに溜まった涙を拭きとった。春歌はやっぱり凄い女の子だ。いつも私を助けてくれる…昔も、今も。


「ごめ…春歌。ごめんね…ずっと黙ってて。大切な友達なのに…」

「謝る相手は私じゃないよ、咲優ちゃん?」


ハンカチで抑えきれずに溢れ出した涙をすくって春歌は笑った。


「…私、寿さんに会いたい。今までたくさん傷付けてきたと思う。…だから、ちゃんと謝らなくちゃ。」

「謝るだけじゃ足りないんじゃないですか?」

「おや、イッチーが恋のアドバイスなんて…愛の伝道師は俺の役目なのに。」

「皆…ありがとう。」


とてもいい友人を持っていた。皆私を思ってくれていたのにどうして自分は自分だけのことしか考えられなかったのだろうか。
人目もはばからず3人まとめてギューっと抱きよせるようにすると「コラ、やめなさい!」と一ノ瀬君が恥ずかしそうに身を捩って、神宮寺君が「レディ達はいいけど男はゴメンだよ!」と一ノ瀬君と接触していた方の肩をすくめて困った顔をしていた。そんな光景を一番近くに居た春歌と自然に目が合って、またフフッと笑い合った。

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