12
やっと解放されたのは朝方だった。それから家に帰ってまた泣いた。
今日は事務所で打ち合わせがあったが、その前に社長室に寄った。


「入ってマース。Ms.大倉!どうし…!?」


いつも明るく豪快な社長も流石に腫れた目元と顔色の悪さに一瞬言葉を止めた。


「あの…」

「とりあえず座ってくださーい。」


*****************


社長室を出て、廊下を歩いていると、カツカツと軽快なヒールの音が近づいて、角を曲がった所でその音がとまった。


「ちょっと!!あんたその顔どうしたの!!可愛い顔台無し!!目、腫れてるし…大丈夫?」

「友千香…」


足音の主は友千香だった。
私の姿を見るや否や駆け寄って顔を覗き込んだ。パッチリとした猫目が悲しそうにこちらを見て、友千香が私の手を取った。ギュッと握られた手がとっても温かくて、昔から変わらない優しい声にまた涙が溢れそうになった。
友千香に話をした。寿さんが好きだった事、それでも春歌と自分の関係の方が大切でどうすればいいのかわからなかった事、全て。


「そっか。辛かったね。」

友千香は途中話を切らさないようにずっと頷いて全て聞き終えたあと、私を抱きしめた。
化粧品の香りだろうか、ふわりとフローラルが鼻をかすめて心地いい。


「私もう、春歌に会えない。」

「やっぱり咲優は寿さんのこと好きだったんだね。」

「え?」

「だって寿さんと会った当初、アンタ寿さんの話ばっかりしてたし。春歌にもちゃんと話な。」


今さら春歌に何を喋ればいいのかわからない。寿さんを好きだという感情さえ整理できずに頭の中でぐちゃぐちゃになっているのに、これ以上春歌とも拗れてしまったらどうすればいいのかわからない。


「でも…。もう私寿さんの事が好きなのかどうなのかもわからなくなってる。」

「馬鹿ね、好きじゃなきゃ悩まないでしょ。そんな顔してる時点でもうバレッバレ。…あの子、寿さんに「今好きな子がいて、やっぱり仕事以外で2人では会えない。」って言われて折角会う約束したのに断られたって聞いたよ。寿さんは春歌にもちゃんと誠実に向き合ってるのに、あんたが向き合わないでどうすんの。友達でしょ!?」

「寿さんともたぶん、もう会わない。今日社長にマネージャー辞めて別の仕事したいって言ってきた…OKももらった。」


先程社長室でマネージャーの辞退を申し出た。社長はしばし悩んでいたが、承諾はしてくれた。とりあえず今まで通り、龍也先生の元で経理の仕事をするようにと言われ、その後の処遇は考えるとのことだった。


「咲優…本当にそれでいいの?寿さんに会えないのが嫌だからこんなに泣いてたんじゃないの?逃げるのは一番良くないって。」

「私が辛かった時、助けてくれるのは春歌と友千香だけだった。今もこうして友千香に話が出来て気持ちが楽になったよ。ありがとうね…だから、これでいいの。考えることから逃げたのは事実だけど、寿さんを選ぶなんて私にはそんな覚悟も資格もない。」


アイドルコースとして入学したものの周りと馴染めず、闘争心もそこまでなかった私が初めて声をかけたのは、同じく周りのキラキラ飾り付いた女子達と馴染んでおらず、緊張した面持ちの春歌だった。同じアイドルコースの女の子で何か殺伐としてて面倒くさそう、仲良くしてねと声をかけて手を差し伸べてくれたのは友千香だった。卒業試験の直前に恋愛を選んだパートナーに見捨てられた私をライバルが減ってよかったと嘲笑ったり、無視してオーディションの準備をしているクラスメイトの中で心配してくれたのは春歌と友千香だけだった。
大切なものを失うのはもう嫌だ。だから、恋愛をどこかで毛嫌いする自分はそれを救ってくれた友情を選らんだのだ。


「バカ!!咲優、アンタ本当に馬鹿!春歌はそんなんで喜ばないよ。春歌はいつだってアンタの事が大切なんだよ。クラスで楽譜が読めないって春歌が浮いた時、話しかけてくれた最初の女の子だったって春歌言ってた。ちゃんと話しなって。じゃなきゃ絶対お互い後悔する。不安だったら私も一緒に居るし!」


友千香が私の代わりに泣いてくれた。
それだけで十分なのに、友千香の言葉は魔法みたいに私の何かを少しずつ変えていった。

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