08
数日後、春歌に呼び出されて春歌のいる事務所管理のマンションへ出かけた。
話も早々に切り出されたのは寿さんのための新曲だった。やはり春歌の曲は素敵だ。これを寿さんが歌うのかと思うととても楽しみである。寿さんには聞かせたのか問うと、昨日メールで送ったとのことだった。


「寿さん今度1日オフの日あるから、思い切って会う約束してみたら?」

「…きっとお休みの日も忙しいんじゃない?」

「さぁ…プライベートは良く知らないから。」

「でも、ありがとう!誘ってみるよ。歌詞の構想も聞きたいし。」

「それじゃ仕事じゃん。」


春歌はいつも音楽に、夢に一生懸命な子だ。だからST☆RISHやQUARTET★NIGHTの皆も、私も惹かれるのだろう。二人で笑いあって、他愛のない話をしていたら、いつの間にか何時間もゆうに過ぎていた。


*******


あれからしばらくして、事務所に春歌がやってきた。寿さんも一緒だった。今日は事務処理を頼まれていて、収録1本だけの寿さんには一人で現場に向かうように伝えていた。私が立ち止まっていると、寿さんが此方を見てヒラリと一振り手を振って、そのまま事務所の奥へと入って行った。春歌と寿さんが、音楽プロデューサーや関係者と喋っている。きっとこの前の新曲についてだろう。二人は時折笑い合っては、顔を寄せて話し合っている。春歌は少し頬を朱に染めて、とてもしおらしくもあり、可愛らしい。寿さんに向ける笑顔はともて優しいものだった。


「あーいたいた大倉、こっちの書類まとめてくれ。」

「龍也先生、もう撮影時間迫ってますから出かけてください!やっておきますから。」


廊下で立ち止まっている私を龍也先生が見つけて声を掛けた。今日は龍也先生と林檎先生は番組収録があるからそろそろ出掛けなければならない時間だと言うのにまだ書類を手にしている。駆け寄って書類を貰うと後ろから林檎先生の声が廊下に響いた。


「龍也おっそーい!もう!咲優ちゃんもっと怒っていいわよ!」

「林檎先生それはちょっと…」


打ち合わせのあと、下で待っていたであろう林檎先生がしびれを切らして上の階までやってきた。龍也先生に怒ることなんて自分如きが出来る訳もなく、戸惑っていると龍也先生が林檎先生に言い返していた。


「てめぇは大倉に余計なこと言ってんじゃねーぞ!」

「龍也が遅いからでしょ!咲優ちゃん…仕事、無理しすぎちゃだめよ。そんな浮かない顔しちゃって可愛い顔が台無しよ!!いい!?お化粧もちゃんとして、お肌の手入れもちゃんとするのよ!!!でもプロデューサーにエロ目向けられたら私に言うのよ!!わかったわね!!!」


林檎先生が私の両肩をガシッと掴むと大きな瞳で覗き込み、ものすごい勢いでしゃべりだした。相変わらずの可愛い顔にフワフワなウィッグがものすごく似合う。メイクも上手で視線が離せない。一気に色んなことを言われた所為で頭が追い付かないでいたが、『浮かない顔をしていた』と…春歌と寿さんの顔が頭から離れないのだろう。


「おい大倉、こいつにウゼェって怒っていいぞ。」

「ちょっと龍也!!たまにしか会えないんだから、可愛い私の咲優ちゃんに愛ある指導よ!」

「ありがとうございます、林檎先生。」

「もー!超可愛い!!」


林檎先生は学生時代からよく生徒のことを見て、感じてくれていた。一瞬で浮かない顔をしていたのを見つけて元気づけてくれる林檎先生に自然と笑みがこぼれた。林檎先生が愛でながらギューっと私に抱き付くと、龍也先生が慣れたように林檎先生を引っぺがした。そう言えば前に寿さんに抱きしめられた時に一ノ瀬君が寿さんに同じことをしていたな、と思い出した。


「セクハラで訴えるぞ!お前もボーっとしてんじゃねぇぞ。」

「え、でも林檎先生ですし。可愛いアイドルに抱き付かれて嫌な顔する人いません。」

「そうよ!龍也がやったら犯罪だけどね!」

「お前なぁ!!」


廊下で騒いでいるとスタッフに時間が迫っていると怒られて二人は現場に向かっていった。デスクに戻ってしばらくパソコンをひたすら打ち続けていると、一人のスタッフが声を掛けてきた。


「大倉ちゃん!丁度良かった!嶺ちゃんの自宅の場所知ってるでしょ?次のドラマ台本届いたから渡してきてくれない?数時間前まで新曲の打ち合わせでいたのに、すれ違っちゃって…連絡したら早く欲しいっていうから何とかお願いできない?」

「はい。…わかりました。」


拝み倒す彼女も、大切な仕事の台本も私情で邪険にすることはできなかった。今は寿さんに会いたくなかったけれど、これは仕事なのだから仕方がない。台本を渡したらすぐに帰ろう、そう思って事務所をあとにした。



―Ring!Ring!


寿さんのマンションへ向かう道中電話が鳴った。ディスプレイに表示されたのは春歌だった。電話に出ると、可愛らしい声で、その音は弾むようなものだった。


『あのね、今日寿先輩と打ち合わせがあったじゃない?その時に勇気出して今度のお休み会いませんかって聞いてみたの。そしたら行くところ考えておくねって!咲優ちゃんが励ましてくれたおかげだよ!ありがとう。』

「そっか、よかったね。」


寿さんと春歌がデートをすることになったようだ。
嬉しそうな春歌にどこか安堵した自分がいた。春歌が喜んでくれる事は自分にとっても嬉しいことだ。このまま上手くいってくれればどんなに気持ちが楽になるのだろう…そんな事を考えていると、タクシーが指定した近くのコンビニに停まった。料金を支払い少し歩くと大きなマンションが並んでいる。エントランスでインターフォンを鳴らすと『あれ?咲優ちゃん?』と驚いたような寿さんの声がしてすぐに自動ドアが開いた。部屋まで来るように言われてエレベーターに乗るとガラスに映った自分の顔が映し出された。大きく息を吐いて気合を入れると寿さんの部屋へ向かった。


「こんばんは。今日はお疲れさまでした。これ、頼まれていた台本です。」

「ありがとう!まぁ、とりあえずお茶でも飲む?」

「いえ、結構です。失礼しました。」


淡々と必要事項だけを述べて帰ろうと視線も合わせずに台本を渡した。受け取った寿さんは台本をペラペラめくりながら部屋に入る様に促すが、今日は寿さんと一緒に居たくない。お辞儀をして帰ろうとすると、急に腕を掴まれ引き寄せられた。


「ちょ…待って!」

「痛っ…何するんですか!」

「何で逃げるの?何で目合わせてくれないの?」

「逃げてません。」


掴まれた腕を振り払い寿さんを睨むと、予想外に傷付いた表情の寿さんが目の前に居た。戸惑っていると寿さんは表情を一変させてニッコリと微笑んでまた腕を掴みなおすとそのまま部屋の奥へと私を引きずり込んだ。


「逃げてないならいいよね?」

「嫌っ…やめてくださ…んんっ!」


大きなソファに投げ飛ばされたかと思ったら視界は寿さんと天井だけになった。抵抗する間も無く唇を塞がれて捻じ込まれた舌が歯列をなぞった。


「嫌だって言ったら許さないって前言ったでしょ?」



*****************



欲望を吐きだした寿さんがミネラルウォーターのペットボトルを冷蔵庫から出して飲んでいる姿が薄っすらと見える。何も纏っていない上半身はうっすら汗ばんでいて程よくついた筋肉の凹凸を照明が照らしていた。
無理矢理された気怠い身体はまだ自由に動かずソファに寝そべったままだ。そこへ寿さんが近づいて手を伸ばした。咄嗟に伸ばされた手を叩き拒絶してしまった時には、寿さんはまた傷付いた顔をしていた。


「咲優ちゃん…」

「…早く、飽きてください。早く抱き飽きて、もうこっちにこないで!」


完全なる拒絶だ。春歌と幸せになる寿さんを望んでいるのだと何度言っても変わらない関係にうんざりしたのだ。言ったら自分も傷付くとわかっていたのに、この状況に耐えられなかった。それでも寿さんはニコリと笑って自分の鞄から何かを取り出した。


「…僕からは逃げられないよ。」


そう言って、首に伸ばされた手からネックレスがはめられる。気怠い身体を起こして鏡を見ると小さなダイヤが胸元に光った。


「これ…」

「この前のCM撮影の時にね、咲優ちゃんその日僕が一日その仕事だけだからって事務所の仕事してたでしょ?話があった時からね、ダイヤの担当やりたいなって。」


有名なジュエリーメーカーのイメージキャラクターとしてQUARTET★NIGHTが選ばれ、会社から話があった時には先方の希望でメンバーに4つの石の中からそれぞれ好きな石を選ばせて、そこからイメージ映像、写真撮影を撮るとの企画だった。サファイアを黒崎さん、ルビーを美風さん、エメラルドをカミュさんが選んでいる。イメージと違うようにも思えたが、少し見せてもらった映像はどれも美しいものだった。けれどそんなことよりも何故そのジュエリーを自分の首にかけるのかが理解できない。普段アクセサリーをつけない自分でもこれが相当な価値のするものであることはわかる。


「そうじゃなくて…」

「やっぱり、似合うね。プレゼント。っていうか僕のって印。首輪みたいなものかなぁ。」

「…あの、困ります。こんな高価な物…」

「だから首輪だって。抱き飽きないし、ずっと傍に居させてよ。僕の事嫌いでもいいから。ね。」


外そうとする手を止められて、そのまま優しく抱きしめられた。いつになったらこの人から逃れられるのだろう。

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