トキヤと音也、嶺二の楽屋を後にしてから、1本バラエティー番組の収録をして、ゲストでラジオへ出演し、帰る時にはもう街の明かりも消えはじめて、月が綺麗に見えていた。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
外から見たら部屋に明かりがついていたから、きっとトキヤが居るのだろうとは思っていたが、当然の様に出迎えられると何だか気恥ずかしいものだ。
シンプルなカットシャツにエプロン姿でニコリと笑うトキヤは正直言ってものすごくカッコイイと思う。
「スープがありますけど、どうしますか?」
「食べる。トキヤの作るご飯美味しいから好き。」
ドアを開けた瞬間からコンソメのいい香りがしてた。
子どもの頃から食事はしっかり食べる習慣がついていたが、この仕事を始めてからは食事は不規則になりがちだった。今日も例外ではない。職業柄暴飲暴食は控えているものの、甘い物には目がなくついつい食べてしまうから運動だってなるべくするように努力はしていた。
トキヤは昔から器用で料理を振る舞われることは時々あった。バランスがちゃんと考えてあって、野菜もたっぷりだ。
「これならドーナツと違ってカロリーも低く作ってありますから安心してください。塩分も控えてあります。」
「やっぱりスープいらない。ムカつくわー。可愛くないわー。」
あぁ、言い忘れた。トキヤはカッコイイと思う。ただ、口は余計だ。
疲れた体に昼間大量に食べたドーナツのカロリー数がズシリと心に刺さった。思わずトキヤを睨むと、トキヤがしまった、という顔をしたのがわかった。
鞄をソファーへ投げ捨てるとそのまま寝室へ直行する。我ながら大人気ないと思うけど、トキヤはそんなつもりじゃないのもわかっているけど、厭味に聞こえてしまったのだから仕方がないのだ。
腕を掴まれてトキヤの方へ引き寄せられると、抱きしめられてふわりとコロンの香りが鼻をかすめた。
「宙…すみません。」
「嫌だ、」
「宙…」
チュッと啄む様なキスをされておでこをコツンと合わせられた。視線を少し上げれば私の身長に合わせて屈んでいるトキヤの長い睫毛と不安の色を見せた揺れた瞳。
「流されないんだからね…トキヤの阿呆。」
「はぁ、釣れないですね。」
「誰の所為だ、誰の!」
もう一つ重要なことを言い忘れていた。トキヤはカッコイイと思う。でも、性格に難ありだ。
くっついたおでこを離すと大きくため息をつくトキヤを睨むと年上で先輩で彼女の私に釣れないと言い出した。
「別に、私としては貴女がどんな姿であろうと愛していますよ?昼間のあれはプロとしてどうかと問うただけですし、それに、個人的には抱き心地は重要です。ふわふわマシュマロみたいな方が気持ちいいですし。」
「真面目な顔して流暢に変態なこと言ってんな。そして腹の肉を掴むな!!…あーもう、とりあえず先にお風呂入ってくるから、スープは明日もらう。」
「はい。」
いつも言い合いになるのに、こうして素直にトキヤが言いたいことを言ってくれるのは正直嬉しかったりもする。巻き付いたトキヤの腕を剥がすとクローゼットから部屋着を出した。
トキヤはエプロンを外すと、ソファへ座ってメガネをかけた。鞄から分厚い台本を取り出すとボールペンやら蛍光マーカーを取り出して書き込みをし出した。
多分…私が最近忙しいのを察して栄養のあるスープを作ってくれたのだろう。トキヤだって舞台の稽古やテレビ収録、ボイストレーニングで忙しいだろうけど、こうして時間を作ってくれているのだろう。
そんなことを思いながら風呂場へ向かった。
*********
お風呂の中でドラマの台本を読んでいたらついつい時間を忘れて長風呂をしてしまった。
着替えを終えて濡れた髪をタオルで拭きながら水分補給と冷蔵庫へ向かうと、まだリビングでトキヤが台本と睨めっこしていた。
部屋で髪の毛を乾かして、化粧水と美容液、乳液を手際よくつけていく。時間が遅くなろうとも、眠くても、フェイスマッサージをして、乳液パックも忘れない。
アイドルとしても女子としても、これだけは20歳越えたら老化は嫌でも始まるのだからと自分に言い聞かせて習慣にした。
全て終えてからまた携帯を見ると、時間は深夜1時を示していた。
リビングに戻るとトキヤはまだ台本を読んでブツブツ喋っていた。
「トキヤー、そろそろ寝ないと明日ユニットの新曲のお披露目でしょ?寝不足で行ったら音也が心配するよ。あー見えてあの子周り見てる方だし。」
私がトキヤの横に座ると、台本を音を立ててテーブルに置いたトキヤが俯いたまま「…嫌です。」と呟いた。
「嫌って、あのねぇ…」
「私以外に抱き付いたりしないでください。音也のことばかり見ないでください。」
「おーい、トキヤくーん。私の発言無視ですかー。」
トキヤが急に私を抱きしめた。だからトキヤの表情はよくわからなかった。
寝ようって提案した私に対して昼間の事を急に喋り出したトキヤ。私からしたら音也は弟みたいな存在でも、トキヤからしたら友達であってライバルであって、同じ男。彼女が他の男に抱き付いたりするというのは軽率な行動だったと振り返る。
よしよし、と背中を撫でると、トキヤがやっと顔を上げた。
「音也のあのデレた顔…貴女が出て行ったあと頬を引っ張ってやりましたよ。」
「ぷっ…何それ。」
トキヤが音也のほっぺをギューギューしている様を想像すると、二人とも可愛いと思うのは私だけだろうか。
トキヤが私の頬に手を添えると、痛くならない程度に加減して私の頬をムニムニと摘んで「当たり前です。宙も反省してくださいね。」と顔を赤くしながら話していた。
トキヤには普段藍程ではないが辛辣にモノを言う。本人曰く、言葉は選んで言っているらしいが…。でも、それでもこうやってたまに見せる姿は私が特別なんだなって思わせてくれるし、大切にされているのだと実感する時でもあった。
―変態で、ヤキモチ妬きで、だけど優しい彼氏様。
ロリポップキャンディー
(さて、じゃあ寝る前にお仕置きですかね!)
(ちょおおお!!何押し倒してんのぉぉぉぉおおお!!!)
back