11-04


記憶は昨日に遡る―――。


見回りという名の取り締まり行為を終えた雲雀と草壁以下風紀委員たちは、校内を一周し応接室へと戻ってきた。先陣切って歩いていた雲雀がドアノブを回して中に入ろうとすると、中から聞こえてきたのは柊を見張るために残してきた部下達と、柊が歓談する声である。


話題は、何故かおでんについて。

確かに、ここ最近めっぽう寒くなってはきた。おでんを食べたい気持ちはわかる。が、お喋りが過ぎる。草壁が恐る恐る雲雀の顔を覗けば、案の定その表情は爆発寸前だ。

これはろくなことにならない。

この後大惨事になるであろう応接室の修理費用を頭の中で計算し始めた、その時だった。


『やっぱり美味しいんですか?おでんって』

いかにもきょとんとしたように、柊美冬は言った。
どうやら彼女は生まれてこのかたおでんを食べたことがないそうで、風紀委員たちからは、おでんが如何に美味しいのか、そして食べないことが如何に損であるかを教え込まれていた。

お前たちもうやめておけ、委員長がお怒りだ。
扉の先で談笑を続ける風紀委員たちにそう言ってやろうと、草壁が雲雀より先に応接室へ脚を踏み入れようとする。

だが、そんな草壁を雲雀が呼び止めた。



『草壁』
『は、はい、』


突然どうしたのか。
草壁はドアノブにかけた手を離し、雲雀に向き直った。


『この前町議会から届いた非常食サンプルの中におでん缶があったよね』
『はい。ですがあれは嗜好品は必要ないと却下されたはず…』



雲雀恭弥とて、いたずらに柊美冬を呼び出したわけではない。

現在、並盛町では災害時の緊急避難場所の再選定を行っている。
この度、新たに避難先の一つにあげられたのが並盛中であった。雲雀恭弥とて、災害時に並盛中を使用させる分には問題ないと考えていたが、いかんせん人々を受け入れるための設備を揃えなければいけなかった。

そんなイレギュラーな仕事のかたわらで、雲雀は通常の風紀委員会活動もこなし続けた。もちろん、差し迫る次年度の予算編成に手を付けられそうにはなく、不興を買うことは承知で柊美冬を呼び出したのだ。

予算編成は彼女に任せ、雲雀は町議会との打ち合わせに明け暮れた。
打合せの中には備蓄する食糧に関するものもあった。乾パンや各種缶詰などのサンプルが並ぶ中には、件のおでん缶も存在した。試食と称し、雲雀は自ら全てを口にし、必要なものとそうではないものを分別、おでん缶は嗜好品だから不必要と却下したのはつい先日のことだった。



『アレを柊に食べさせてあげなよ』
『は?』
『サンプル、まだ倉庫にあるでしょ』
『え』



草壁は驚いた。これまで雲雀恭弥は捨て駒に対し缶詰一つとはいえ報酬を用意するような男ではなかったのだ。風紀委員は、良い働きをすれば多少の褒賞は与えられる(そしてそれが風紀委員たちのモチベーションアップにつながる)が、柊のような外部の捨て駒に対しては報酬もねぎらいも与えずに、用が終われば捨てるだけだった。


ところが。
今回は曲がりなりにもあの雲雀恭弥が報酬を柊に与えようとしている。
これは一体どういうことか。


最低限、雲雀は柊を文字通り”風紀委員会の身内”として見ているのではないか。
そして、もしかしたら。
いや、もしかしなくても。






……往々にして感じていたことではあった。

春。
出会った最初から雲雀と柊は散々言い合いをした。だが後、彼女が淹れる紅茶が美味しいからと、雲雀は彼女が使える専用のティーセット一式と砂時計を購入した。

夏の終わり。
決して作業に向いているとはいえない応接セットのローテーブルで経理を行う彼女が腰を痛めているのを見かねた雲雀は、部屋の片隅に彼女専用の席を設けた。

雲雀から命を受ける度に草壁は走った。
あるときはイギリスへ高級ティーセット一式を買い付けに走り、またあるときは人間工学に基づいた腰痛を和らげる椅子をオーダーメイドするため、家具デザイナーを雇い、飛騨高山へ足を運んだ。


いくら使える電卓とはいえ、破格の待遇だ。

そして今回は、おでんである。








野暮なことは言うまい。
一礼して『用意して参ります』と中座した草壁は、応接室横の物品庫へ足を踏み入れる。確か、先日貰って来たサンプルは、奥の棚の二段目に仕舞ったはずだ。


からん。


『……?』


物品庫へ歩みを進めた草壁の脚が、何かを蹴った。
恐る恐る視線を下ろすと、そこには空の缶と割り箸が数個転がっている。

まさか。

缶の外装には「おでん」の文字。そして、奥の棚の2段目にあるはずの缶はひとつも残っていなかった。






すぐに物品庫を出た草壁は雲雀の元へ向かい、「少々出てまいります。明日の朝にはご用意いたします」と一礼する。雲雀は何も言わずにこくりと頷くだけ。

草壁はその場にいた風紀委員を連れ、駐輪場へ向かうと、止めてあったバイクにまたがった。


(現在夕方6時か…)



ぶるるんとエンジンをかけ、猛スピードで並盛中を飛び出す。
目指すはおでん缶の生産工場がある、名古屋である。
ざっと片道約6時間ほどといったところか。


(今夜はロングドライブになりそうだぜ…)



雲雀恭弥はおでん缶をご所望だった。ならば彼がやることはただ一つ。
絶対に、それを用意すること。

景気よくブオンブオンとエンジンをふかす草壁の眦に、キラリと光るものがあったとかないとか……後に風紀委員たちは語るのだった。


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