11-01


並盛に、冷たい風が吹く季節がやってきた。
今週に入って気温は低く推移しており、3か月予報によると、今年は異例の速さで雪が降るのでは、と言われている。
だがここ・風紀委員会の根城である並盛中の応接室だって、外気温並みに寒い。


「いい加減にしていただけませんかね」
「僕に不服申し立てとは良い度胸だ」



空気は寒いどころか、もはや、痛い。

雪国では氷点下を越えると寒さは痛みに変わるというが、まさにそれだ。
ずらりと応接室の隅に並んだリーゼントに黒い学ランを羽織った風紀委員たちは、凍り付いた空気の中、冷や汗をダラダラ流す。全員が休めポーズで後手を組み立ってはいるが、その視線がこわごわと見つめるのは、部屋の中央で睨み合う男女である。



「こちらは正当な権利を主張しているだけです」
「君が図書委員長になった時点で、その権利を僕に委ねたことになるから、あってないようなものだと思うけど」



男子生徒…風紀委員長の雲雀恭弥は、部屋の中央にある豪著なデスクに頬杖をつき、目の前の女子生徒を見上げる。一方の女子生徒…図書委員長の柊美冬は腕を組んで彼の前に仁王立ちしていた。二人の間に火花が走る。



「かれこれ半年お手伝いしてきましたが、もう限界です。いい加減そちらでも経理が出来る人材を育成してください。」
「そんな時間はない」
「な……!風紀委員が何人いると思ってるんですか!!一人や二人回してくれてもいいですよね!?なんで私が一人で余所の委員会の経理やってるんですか!?」


ブリザードの応酬が始まった。
氷のつぶてのような鋭利で容赦のない言葉を投げあう二人に、ある者は怯え、ある者は自らの肩を抱きしめる。そして皆一斉に、こちらにつぶてが飛んでこないようにと気配を消す。


「彼等は彼等で忙しいよ。適材適所って言葉、知ってる?」
「突っ立ってる!!そこに突っ立ってるじゃないですか!!あれのどこが忙しいと!」


残念ながら、気配を消しても意味はなかった。
語気強い柊に指を指された者は、大の男だったがひっと小さく声を漏らす。


「あれで君が逃げないように見張ってるんだよ。君の目は節穴かな」
「〜〜〜〜〜っ!!私も図書委員会の仕事がたまっているんですが!」
「それこそ君の所の無能な図書委員にでもやらせたらいいよ」


彼女が手にしていた電卓は柊の手の中でみしみしと音を立てる。
今にも罵声が飛び出さんばかりの柊は、こめかみをぴくぴくと動かしながらも、くるりとターンして雲雀に背を向けた。


「……わかりました。さっさと終わらせて上がらせていただきます」


飲み込んだ罵声は、低い声に変わった。
このとき、多くの風紀委員たちは思った。
偉い、偉いぞ柊。よく耐えてくれた。

それでこそ俺たちの柊美冬(という名の電卓)。



彼女は応接室の端に設けられた柊美冬専用席に戻っていく。それは夏が終わった頃だったか、どうせ仕事をするのだから専用席を設けてやろうと雲雀が”気を利かせて”設置をしたものである。(勿論柊は一切喜ばなかった。)

席に着いた彼女を見届けた雲雀はくぁ、と欠伸をして席を立った。
悠々とした雰囲気を纏うその背に、彼の傍に控えていた副委員長の草壁は恐る恐る声をかけた。


「委員長、どちらへ…?」
「暇だからね。見回りに行ってくる」
「い、委員長…!お待ちください!」


草壁は慌てて楽しそうに応接室を出て行く雲雀の後を追っていった。さらにその草壁の後を追って、多くの風紀委員たちが飛び出していく。
応接室に残ったのは、波に乗り遅れた数名の風紀委員と、彼女だけ。


ぱきっ。


乾いた音に、残された風紀委員ははたと柊を見た。自席に座って書類に向かう彼女の手の中にあるペンが、真っ二つに折れている。
悟ったときには、全てが手遅れだった。


振り向いた柊は、笑顔で言った。




暇だろう、手伝え、と。













時は11月も終わり。今年度も半ばを過ぎようとしている。

元々血気盛んな者が多く、喧嘩が日常茶飯事で起こる並盛中では喧嘩の際に破壊された校舎の修繕費用は、原則破壊した本人が負担するきまりである。ただし、うっかり・たまたま風紀委員長が破壊してしまった場合の修繕費用は委員会活動の一環として処理され、風紀委員会の予算から降りる仕組みになっている。(それが何故かは聞いてはいけない。)

しかし、今年は例年に類を見ないほど風紀委員会持ちの修繕費がかさんでいた。
雲雀の委員会活動は例年通り行われているが、一方でいつもと違うこともある。1年生の沢田綱吉や獄寺隼人、山本武。彼らはいつも並盛中で起こるドタバタの中心にいて、雲雀は面白がって彼らを構い倒し、その度に修繕費はかさんだのだ。

彼らはまだ1年生である。
来年度の予算は多めに組み直した方が良いのではないか。
そんな話題は自然と上がり、ならば彼女を呼ぼうと柊美冬は召喚されたのだ。


雲雀は言った。
これでも事前に組ませてやってるだけありがたいと思いなよ、と。
柊は風紀委員会の仕事は自前でやってくれ、と何度も言ったが、決して逃してもらえはしなかった。

……そんなわけで、現在、彼女は次年度の予算案を作成するため、授業時間以外は応接室に缶詰めになる日が続いていた。
さらに、彼女には委員長命令として「風紀委員会の修繕予算を2倍でましましにしろ」という難題を突き付けられていた。元よりない財源を一体どう確保するのか。
由々しき問題に頭を悩ませている日々が続いている。


「……なんで私がこんなことを」


雲雀と草壁がいなくなったのを良いことに、柊はぼそりと呟いた。
気が付けばここ数日、図書室に行くことも出来ず、沢田綱吉の姿を確認できていない。監視任務の出来ないスパイなどゴミも同然である。

柊は深い深いため息をついた。


逃げ遅れた風紀委員を捕まえて作業を再開する。
柊は自分の作業を進める一方、風紀委員たちに資料整理の指示を出す。はじめは慣れない作業に右往左往していた彼等も、慣れてくれば黙々と作業を行った。リーゼントの学ランでなければ、まるでどこかの会社のサラリーマンのようである。


「柊さん、これはどうしたら、」
「日付順に並べ直して一度綴じましょう。綴じ終わったら、今度はここのデータを抽出してください」

「柊、ここの計算なんだが」
「あっ、それは計算合いませんね。控除が抜けています。もう一度この公式で計算し直してみてください」


元々雲雀に従順な風紀委員達である、真面目さは折り紙付きだ。
皆荒くれ者ではあるものの、簡単な作業であれば持ち前の勤勉さと地道な努力ですぐに作業に慣れて行った。そうこうしているうちに本日の作業に目途が立ち始めた。
収集すべき今年度の情報の整理が終われば、あとはそのデータをもとに予算を立てていくだけだ。


「ちょっと一息入れましょうか」


柊がそう言うと、空気がゆるむ。
気が付けば、夕日が傾き始めていた。

秋の日暮れは、早いのだ。


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