10-01


ある秋の夜。
1週間にわたった、とある任務を終えたバジルはCEDEF本部に戻ってきた。
まずは報告にと、代表執務室の扉を開けて中に入ると、いつもいるはずの沢田家光は不在。代わりに書類整理をしていたらしい秘書のオレガノが少し目を丸くして出迎えてくれた。

「ただいま戻りました」
「珍しいわね。そんな深手を負わされるなんて」

数々の掠り傷と乾いた血の跡、横腹はシャツごと一文字の傷を負い、彼が熾烈な戦闘を勝ち抜いて帰還したことが伺えた。

「ちょっと油断してしまいました…先に手当てしてきます。報告は後ほど」
「疲れたでしょう。親方様も戻られるのは明日だし、報告は明日で大丈夫よ。しっかり手当てしてきなさい」
「わかりました。ではお言葉に甘えて」

バジルはぺこりと頭を下げると、重い体を引きずりながら自室に戻り、早々にシャワールームに飛び込んだ。キュッキュという音と共にカランを回す。

「…いてて」

熱い湯が傷口に入り込むたびに、沁みて痛い。
だが、一週間ぶりに浴びるシャワーは、鈍くなりかけていたバジルの痛覚を呼び覚まし、ついでに目も覚ましてくれた。







任務内容は、あるボンゴレの要人の護衛だった。
CEDEFに回ってくるボンゴレ関係の仕事は基本的にハードなものが多いが、今回は襲撃に襲撃が重なり、1週間ほど寝ずに戦う羽目になってしまった。無事に相手を目的地に届けることは出来たが、そこからの帰還の際も命を狙われる羽目に陥った。
お陰様でこの様である。


「…まだまだ拙者も修練が足りませんね。」


痛む横腹の一文字傷に、バジルはその蒼い瞳を歪ませながらシャワーを出た。
体を拭いて、ベッドサイドの明かりをつけると、ベッド脇に置いてある救急セットを取り出した。中から軟膏と包帯を取り出したバジルは、軟膏を適量指に取り、パテのように傷へ薬を埋めていく。


「……っ」


傷口に沁みて、思わず涙目になる。
そして、包帯を取り出して、脇腹にぐるぐると巻き付けていく……が、どうもうまく締まらない。両手を使って包帯を巻こうとするも、どことなく隙間が生まれてゆるゆるになってしまう。



「美冬がいたら…」



ぽつり。
一人部屋にその言葉は沈んでいく。

美冬がいた頃、バジルの傷の手当てをするのは彼女の役目だった。


『油断するなとあれほど親方様に言われたのにどうしてそんな傷を負って帰ってきますかね』
『そ、それは………っ、ていうか、美冬、く、くるしい』
『これくらいで良いんです。ほら、動かないでください』


大きな傷を負って帰還すると、美冬は必ずと言っていいほどに眉間に深い皺を刻みながらバジルに説教するのだ。彼女の勢いにバジルは勝てず、もごもごと口を動かすも、結局論破することなど敵わない。包帯は息苦しくなるほどにきつく巻かれ、ちょっと動けば睨まれてしまう。

だが、それだけ喋っていてもその手つきは鮮やかだった。ものの10分も経たずにバジルは包帯と絆創膏だらけにされてしまう。
そうしてすべての手当てが終われば、彼女は言うのだ。
『…あんまり心配させないでください』と。



『美冬がパソコンで経理するのが仕事なのと同じように、拙者は戦うことが仕事ですから!』
『…バジルの怪我の手当てが私の業務外と同じように、怪我を負うことはあなたの業務ではないと思いますよ』
『うっ』


うまいこと言ったつもりが、綺麗に返されてしまいバジルは返す言葉もない。
まったくもって彼女の言う通りなので、結局最後は『いつもありがとうございます』と頭を下げる。

美冬は、どんなに夜遅い時間でも、早朝でも彼の手当てをしてくれた。




けれど、彼女は今ここにはいない。




なんとか手当てを終えたバジルは、ベッドにごろりと横たわる。



「……美冬、元気でしょうか」




脳裏に浮かんだ幼馴染の険しい顔。
苦笑いが溢れ、やがて彼は瞼を閉じた。



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