08-04
獄寺隼人が図書室の常連となって数週間後。
本日もまた、秋晴れなり。
今日も今日とて、柊美冬は風紀委員達に詰め寄られていた。
「お願いします!!柊さん!緊急なんです!!」
「嫌です。あなたたちの緊急は緊急じゃないってわかりました」
「貴女が来てくれないと、俺達咬み殺されます!!」
「あきらめて咬み殺されてください」
放課後、図書室に向かおうとしていたところを風紀委員たちに足止めされた柊は、数名の風紀委員に囲まれ、本日も土下座されていた。
当初は2年生たちもその異様な光景にどよめいていたが、もはや何度となくやり取りされるようになったこの光景は見慣れたものになりつつある。
誰も足をとめず、スルーするのみ。
「今日は本の補修っていう大事な仕事があるんです。さすがに今日はお引き受けできませんと雲雀先輩に言ってください」
「くそ、こうなったら………お前ら、やれ!!」
それもまた、見慣れたやり取りだった。
麻袋を持った風紀委員が柊に襲い掛かり、袋の中に柊を押し込める。
例え笹川との朝練で持久力が向上したとはいえ、運動神経はかわらない。
相変わらずどんくさい彼女は逃げ出すことも出来ず、「ちょっとぉぉぉ!!」と悲鳴を上げることしかできなかった。
周りは「ああ、また柊さん連れてかれてるよ…」「かわいそ〜」と苦笑いするだけで、最早ざわつくことさえなかった。
「よ〜〜し、お連れしろ!」
(お連れするならもう少し穏便にしてほしい…)
この春より、風紀委員に麻袋で運搬されること十数回。
風紀委員も手慣れたもので、あっという間に彼女を麻袋に押し込んでしまい、柊もまた余計な怪我を追わないようにと、身を竦めていた。
のしのし、というリズムに合わせて柊の身体も揺れる。
ここからならばものの3分もすれば応接室で荷解きされることだろう。
柊がそう諦めて、今日の図書委員会の仕事を諦めた時だった。
ぴたり
風紀委員の足が止まり、柊に伝わる振動も止まった。
「なんだてめぇ!」
先程まで柊にひれ伏していた情けない声から一転、風紀委員のドスの利いた声が響く。
(何!?)
柊が驚いた瞬間、彼女はびたん!と袋ごと床にたたきつけられた。
「い、いだっ!!」
したたかに腰を打って悲鳴を上げれば、袋の外からは「てめぇ!!」「やりやがったな!!」という風紀委員たちの荒ぶる声が聴こえてくる。
(な、何!?いったい何が起こってるの!?)
がさがさっ
「え、なに!?」「てめぇ!その方を離せぇ!」
ばたばたばた、と駆ける足音と共に、風紀委員の怒号はどんどん遠ざかっていく。
袋ごと抱えあげられた柊は、訳も分からないままに、しばらくものすごい振動にゆさぶられ続けた。
柊を担いでいる者の舌打ちが時々すぐ傍から聞こえ、また遠くで聞こえるのは爆発音。
どうしてひっそり平和に潜入活動(略して潜活)できないのだろう。
柊はあちこちをぶつけながら、今日もまた、己を呪った。
そうして揺られること5分。
どさり、と床に降ろされ、袋の紐がほどかれる。
外の空気を吸って目を開ければ、まもなく青い空と眩しい陽射しが視界に入ってきて……そこは、屋上だった。
「…空、綺麗」
紺碧の空は秋の色。赤とんぼがゆうゆうと舞っていて、青に映える。
柊の呟きに、横から「ンだそりゃ」と悪態をつく声が聴こえた。
「あ」
「…呑気なもんだなあ、てめーはよぉ…」
聞き覚えがある声に柊が横を向くと、そこには風紀委員ではなく、獄寺隼人が座り込んでいた。
ぜえぜえと息を切らしているあたり、どうやら柊を担ぎながら全力で屋上まで走って来たらしい。
「アンタが風紀委員に拉致られてるから助けてやったんだろうが」
「……あ、ありがとうございます」
そうか、と柊は合点した。
先程袋に詰められた自分を見て、獄寺が煙幕か何かで風紀委員たちの視界をくらませたに違いない。
だから袋の外がにわかに騒がしくなったのだ。
「アンタ、アイツらに追われるとか何やったんだ?」
「いや私も知りたいんですけどね…」
獄寺が眉間に皺を寄せながら柊を睨んだ。
そんなこと、こちらが知りたいくらいである。
柊の心からの嘆きに、獄寺は情けないと言わんばかりには〜と深いため息を吐いた。