07-05


その日彼女は、3時のおやつを作るため、厨房にやってきた。

バターと粉砂糖を取り出して、あとは薄力粉を用意しようと戸棚の扉を開ける。その奥から目当てのものを見つけ出して、さあいざ作らん!と振り返った時。


突然身体が何かに引っ張られるような衝撃を受け、空調の効いていた厨房から、一気にうだるような真夏の太陽の下に放り出された。
しかもそこは、見覚えがある場所。


「え…並盛公園…?」


信じられないことだが、そこは間違いなく並盛公園の並木道だった。
短い間とはいえ、彼女は並盛町で一時を過ごした彼女。数々の出来事があった並盛ライフの中でも、その並木道は絶対に忘れることが出来ない、大変に思い出深い場所であった。


(…まさか)


そう言えば、10年前に彼女が「柊美冬」として並盛に潜入していた頃に、一度10年バズーカの被害に遭ったことがある。あの時、自分は10年後の未来…バターと粉砂糖があった厨房に飛ばされた。

となると自分は今、昔の自分と入れ替わりでここに飛ばされてきたに違いない。

短い間にその全容を把握した彼女に、背後から声がかけられた。


それは、戸惑いの含まれた、優しい声。


振り返れば目の前には、10年前の沢田綱吉が、そこに居た。








美冬は、並盛公園の並木道の端、沢田綱吉の視界から外れるまで走った。
もうすぐこちらにやって来てから5分が経過しようとしているし、なにより10年前の沢田綱吉に言われた言葉は衝撃的だった。


(綱吉君め…!!ああいうところ、ほんっと10年前から変わらないんだから!!!)



「お前、美冬か?」

「ああ、リボーンさん」



並木道の端で地団駄を踏んでいると、聞き覚えのある声が自分の名を呼ぶ。
振り返ってみると非情に懐かしい黒服の赤ん坊が、美冬の目の前の茂みから現れた。

その右手には、使い古しの雑巾のように薄汚れてボロボロになったランボが引きずられていて、美冬は全ての事情を把握し、自分の想像が当たっていたことを確信した。


「やっぱり被弾したのはお前だったか」
「私もびっくりしました。まさか”また”、並盛に来れるなんて」


美冬がそう言えば、リボーンは少し黙って何かを考えるような素振りを見せる。
一方の美冬は、リボーンの右手に捕まって白目を剥いているランボを見て苦笑いをした。


「それ…ランボくんですよね?」
「ああ。今回はちょっとおいたが過ぎちまったな」


もはやランボはピクリとも動かない。
リボーン曰く生きてはいるらしいのだが、随分と手ひどいやられ具合に彼女は苦笑いした(とはいえ、今回実際に被害を受けたのは10年前の自分なので、ランボに非がないとは全く思わない)。


「うーん…教育的指導にしてはなかなか激しいですね。」
「お前が危険にさらされるのはボンゴレにとっては死活問題だからな」


リボーンはそう吐き捨てて「好きにしろ」とこの入れ替わりの元凶であるランボを彼女にぽんと放り投げた。慌てて小さな体を抱きとめた彼女は、先程のポーチから絆創膏を取り出して、ランボの鼻の頭の焦げた部分に貼りつける。

その様子を見たリボーンは、ぽつりと彼女に言った。


「10年後は平和か」
「どうでしょうね」
「お前がその瞳を隠す必要がないということは、平和ってことなんだろうさ」
「…だったらいいんですけれど」


はぐらかすように答えていた彼女は、一通りランボに絆創膏を貼り終えて、ポーチを懐に仕舞う。


「どっちかっていうと、覚悟が出来ただけかもしれませんね」


カナカナカナ…
ヒグラシのなく並木道に、虚ろな響きが堕ちていく。
リボーンがふと彼女の表情を伺えば、なんとも悲しそうに笑っていた。


「…お前」



そう、リボーンが言いかけた時。
どおん!という音と共に、彼女は桃色の煙に包まれてしまった。




「覚悟、か」




カナカナカナカナ……
ヒグラシの合唱の中に取り残されたリボーンは、桃色の煙を見つめて呟く。




たかだか5分。されど5分。

短いようでとても長い、10年後の彼女の来訪が、終わりを告げる。




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